編集サービス 2023年 新年特集号 #1 *No.1 「さあ、本番」 写真・伊戸川和子 #2 *No.2 「アセビ」 写真・伊戸川和子 *No.3 「耳をすまして」 写真・伊戸川和子 *No.4 「何か用?」 写真・岩見輝雄 *No.5 「霧の林」 写真・伊戸川和子 *No.6 「くつろぎ」 写真・岩見輝雄 *No.7 「キクザキイチゲ」 写真・伊戸川和子 #3 *No.8 「たれ耳ウサギ」 写真・岩見輝雄 *No.9 「赤い椿」 写真・伊戸川和子 *No.10 「用心深く」 写真・伊戸川和子 *No.11 「ヒヨドリ」 写真・伊戸川和子 *No.12 「興味津々」 写真・岩見輝雄 *No.13 「海岸の日の出」 写真・伊戸川和子 #4 *No.14 「可愛い子」 写真・伊戸川和子 *No.15 「ヤマブキ」 写真・伊戸川和子 *No.16 「観察中」 写真・岩見輝雄 *No.17 「ミズバショウ」 写真・伊戸川和子 *No.18 「実をついばむヒヨドリ」 写真・伊戸川和子 *No.19 「未来見つめて」 写真・岩見輝雄 *No.20 「水滴」 写真・伊戸川和子 *No.21 「仲良し」 写真・岩見輝雄 #5 *No.22 「セイタカシギ」 写真・伊戸川和子 *No.23 「モフモフ」 写真・岩見輝雄 *No.24 「水仙」 写真・伊戸川和子 *No.25 「桜」 写真・伊戸川和子 *No.26 「ダイヤモンド富士」 写真・伊戸川和子 *No.27 「甘えん坊」 写真・岩見輝雄 #6 <文化> おうし座に赤い星二つ マイナス等級の火星が輝く1月 アルデバランと 火星が輝く  冬の星座の代表と言えばオリオン座ですが、その狩人オリオンに対抗しているのがおうし座です。  おうしは神々の王ゼウスの変身した姿だと言われています。戦うおうしの右目に輝くのがオレンジ色の1等星アルデバランですが、2023年の1月は、その近くにもう一つの赤い星が輝いています。この星は星座を作る恒星ではなく、地球の兄弟星で地球の外側を公転している火星です。  火星は去年の12月8日に衝(しょう)を終えたばかりで明るく、アルデバランと明るさを競っていますが、1月中はアルデバランよりも明るいマイナス等級を誇っています。星空の中を動く火星ですが1月中はおうし座に居り、春になるとふたご座へと移って行きます。  恒星のアルデバランは水素やヘリウムなどの核融合反応で輝いており、赤色巨星への道を歩んでいて赤っぽく輝いています。火星が赤いのは火星面を覆ってる土に酸化鉄(鉄さび)が多く含まれていることによります。  赤い星と言っていますが、どちらの星も真っ赤ではありません。アルデバランと火星のどちらが赤く見えるか、皆さんの目で確かめてみてください。  火星には薄いながらも大気(地球の約100分の1の気圧)があり、時には砂嵐(ダストストーム)が起こります。大規模な砂嵐になると火星面全体を覆ってしまい、表面の模様が見えなくなってしまいます。火星面全体が黄色くなってしまうことから、日本ではこの砂嵐を「黄雲」と呼んでいます。この時は赤い惑星が黄色い惑星になってしまうのです。黄雲はいつ起こるか分かりませんが、去年の9月にも中規模の砂嵐がありました。この時は望遠鏡を使わなくても肉眼で黄色い火星を見ることができました。アルデバランと火星の赤さを見比べていると、火星の変化を観測できるかも知れません。  公開天文台での天体観望会は感染症対策をして開かれるようになってきました。1月あたりは火星が観望対象となっているかと思います。近くの公開天文台を探して、赤い火星、いや黄色いかも知れない火星を楽しんで見てください。 冬のダイヤモンド  冬の星々の中で一番わかりやすいのはオリオン座の三ツ星です。1等星が多く輝く冬の星の中でも、2等星の3個の星が等間隔でほぼ一直線に並ぶ姿は目につきやすく、一度見ると忘れることのない星並びです。星座をなかなか見つけられない人は三ツ星を探すことから初めてみてはいかがでしょうか。  三ツ星の周りには1等星のベテルギウス、リゲルが輝きオリオン座を形成しています。三ツ星を線で結び右上の方に線を延ばしていくと、おうし座の1等星アルデバランと今年は火星にたどり着きます。もう少し伸ばすと有名な「プレアデス星団(すばる)」が見つかります。アルデバランの名はアラビア語の「後に続くもの」で、東の空に現れるときプレアデス星団に続いて昇ってくることを意味しています。  おうし座の角の先近くには、ぎょしゃ座の1等星カペラ、カペラから東より(左下)には仲良く並んだふたご座の星、2等星のカストルと1等星のポルックスが輝きます。ふたご座の下にはこいぬ座の1等星プロキオンが輝き、その右下には全天で一番明るいマイナス1・5等星のおおいぬ座のシリウス、その右手にはオリオン座のリゲルへと元に戻ってきます。この1等星で作る大六角形を冬のダイヤモンドと呼んでいますが、今年は火星もいるために、ちょっとややこしい六角形となっています。  冬のダイヤモンドの中心にはオリオン座のベテルギウスが輝きます。ベテルギウスも赤い星ですから、アルデバランや火星と合わせて赤さ比べをしても良いかも知れません。冬のダイヤモンドが南の空に見えるころ、東の空には春の星座たちが姿を見せています。  見上げればそこは宇宙、暖かい服装で宇宙に接近してみてください。 熊森照明 (11字×145行) *図1:2023年1月1日0時の星空 *図2:火星2022年11月5日筆者撮影 *図3:おうし座と火星の位置 2023年1月1日 <コラム> カジノ誘致に思うこと 阪南大学教授 桜田照雄  カジノ(賭博)といえば依存症。  カジノ実施法(特定複合観光区域整備法)の事務方の責任者は、「賭博をたしなむ人は、何らかの値打を見いだして、それへの対価を支払って、賭博をするのだから、個人の嗜好(しこう)を法で縛るのはいかがなものか」と述べました。「依存症は直接的には他人に危害を加えるものではない」ので、「国民の自由な選択に委ねるべきだ」との考えや、「依存症はカジノに限ったことではないので、カジノについてだけ依存症問題を指摘するのは道理にあわない」との考えとも一致しています。  ところが、こうした考えは、個人の嗜好や倫理観で処理すべき問題と賭博によってもたらされる社会的な弊害を区別しないことから生じた誤解だと、私には思われます。賭博のような偶然の勝ち負けによって、財物を得たり失ったりすることを広く社会が受け入れることになれば、善良な風俗が損なわれてしまう。これは経験的な事実として確認できることです。  憲法27条は「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」としています。国民の権利・義務だけでなく、国家にも国民が勤労の権利を行使できるよう義務を課したのです。また、賭博を禁じた最高裁判決も「勤労の美風」を判断根拠のひとつとしています。  ところで、この「勤労」という概念をわれわれが獲得するには、かなりの時間を要したようです。  「経済学の父」とよばれたアダム・スミスが『諸国民の富(国富論)』を著したのは1776年。アメリカ独立戦争が勃発した年でした。この著書のなかでスミスは、「富とは国民の労働によって生産された必需品と奢侈品(しゃしひん)である」「富を増やす方法は社会的分業である」「人々の利己心が分業を生み出し、生産性を高め、世の中が豊かになる」と述べました。スミスのこの分析は、16世紀の『ラテン語英語辞典』で、「勉強と刻苦精励を包含する特性vertue(=virtue)」と記されたindustryが、次第に企業活動全体を表す「産業」へと転化した過程を言い表したものでもあります。  その過程を「労働」からみると、当時イギリスでは朝6時から夕方6時までの12時間労働で、朝食に30分、昼食に1時間の休憩があったといいます。ところがその頃の労働者は、こうした職務規律があるにもかかわらず、年間で180日もの宗教的な休日があったうえに、出来高払いにせよ時間賃金にせよ、カネをもらったなら、なくなるまで働こうとしませんでした。これは彼らにとって極めて当然のことであり、また余計に働けばより多くの賃金がとれるという発想もなかったのです。おまけに、あちこちにあった闘鶏場や草競馬場に通いつめ、スッテンテンになっていたといいます。そのうえ、飲酒習慣が労働者に蔓延(まんえん)しており、健康に悪いジンやリキュールを飲んで身体を害する労働者も多かったのです。  産業革命を通じて、大規模化し機械化・動力化されていく工場が求めたのは、ある特定の現場で決まった時間だけ行われる賃労働でした。賃労働では、時間通りに出勤することが厳格な規則として課されるようになります。かくて協業労働の規律として「勤労」がイギリス社会に定着するのです。一方、日本社会で「勤勉さ」をもつ国民が多数派になったのは明治30年ごろではないか、と考えられています。  カジノ問題を考える際には、世代を積み重ねてようやく獲得した「勤労」という慣習の積極的意義に、まず思いを巡らせるべきではないかと思います。 (11字×131行) #7 <労働> 社会に価値ある運動を広げ課題解決へ 2023年労働運動の課題 連合大阪 事務局長 井尻雅之  4年目を迎える新型コロナウイルス感染症は、依然として猛威を振るっている。第7波では1日の全国新規感染者が26万人を超え、大阪でも1日の感染者数や累計死者数が過去最高を記録した。  オミクロン株は感染力が高いものの、重症化率が低いと示唆され、政府は「感染症対策と社会経済活動の両立を図る」として、従来の「緊急事態宣言」などの行動制限を行わず、ハイリスク者(高齢者など)の命を守ることを優先した体制にシフトした。一方、新たな変異株や秋から冬にかけてインフルエンザとの同時流行、入国制限の緩和による影響など懸念材料もある。収束はいまだ不透明だが、コロナ社会との共存が求められている。 人への投資を 2023春闘  長引くコロナ禍とロシアによるウクライナ侵攻により、資源・エネルギー価格の高騰、国際情勢の不安定化やインフレ金融政策なども相まって、急激な「円安・物価高」となり、私たちの生活に大きな不安が広がっている。とりわけ、中小、パート・有期・派遣契約、女性や外国人、フリーランスで働く仲間など、不安定な立場にある人たちは雇用と生活に深刻な打撃を受けている。  これらセーフティネットの脆弱(ぜいじゃく)性は、コロナ以前からの問題である。私たち働く者・生活者を代表する労働組合は、こうした課題の解決とともに社会に価値ある運動を広げ、「労働運動の社会化」につなげていかなければならない。  また、日本の賃金水準は長期間にわたって停滞しており、さまざまな格差につながる構造的課題の一因となっている。2023春闘では、経済・社会の原動力となる「人への投資」を積極的に行うことで、経済も物価も実質賃金も継続的に上がっていくことを念頭に、新たなステージへと変えていくため、引き続き「未来づくり春闘」に取り組む。  具体的な取り組みは今後の議論となるが、連合の基本構想では、賃上げ分を昨年より1%程度引き上げた3%程度と定期昇給分を含めた5%程度の賃金改善を求める闘争方針を示した(この水準は28年ぶり)。 働く者の立場に立つ 政治勢力の拡大へ  コロナ禍で社会が大きく変わる中、SDGsの推進やESG投資の拡大、デジタルトランスフォーメーションや脱炭素社会への加速もあり、産業・雇用・社会のあり方は根本から大きく変わりつつある。  政府も「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトに、「新しい資本主義実現会議」を設置した。中でも労働分野では、「人への投資」を軸に「労働移動の円滑化」の支援などが議論されている。労働者の立場では、セーフティネットや一定のインセンティブの確保は必須である。  また、今春は大阪の将来を左右する統一地方選挙が施行される。コロナ禍では感染者への対応など、公共サービスの大切さが再認識され、地方行政の重要性が増している。特に大阪・関西は、万博など国際イベントが予定されている中、IR・カジノ誘致の問題やインバウンド頼みの経済政策など課題は山積している。  これら課題の解決や住民の命と暮らしを守るには働く者・生活者の立場に立った政治勢力の拡大と地域基盤の強化・政策実現が必要だ。そのためにも本選挙は極めて重要な戦いとなる。連合内では立憲民主党と国民民主党に支持政党が分かれた状況だが、「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けて、構成組織、地域・地区協議会とともに英知を結集し、連合は組織一丸となって総力を上げて取り組んでいく。 (11字×129行) <福祉> こども家庭庁設置法 4月より施行 子どもの最善の利益につながるのか 連合総研 副所長 平川則男 こども家庭庁が 設置されるが  2022年6月15日、「こども家庭庁設置法」が可決成立し、2023年4月1日より施行される。しかし、この法律の趣旨や現在の政治の動向をみると、いくつかの懸念を指摘せざるをえない。 1.依然、子育ては家庭責任を強調  法律の趣旨についてみると、「(こども)の意見を尊重し、その最善の利益を優先して考慮することを基本」とされ、子どもの最善の利益を強調しているように見える。しかし、「子育てにおける家庭の役割の重要性」など、子育ての家庭責任を強調する文言も含まれている。  これは、「子育ては父母の一義的責任」「子どもは家庭でお母さんが育てるもの」という自民党内の保守派の意見を踏まえたものである。これでは、社会全体で子ども子育てを支援する方向や、男女の家庭における役割分担の意識改革を進める方向から逆行する懸念がある。 2.独立した組織で権限は大丈夫か  こども家庭庁の権限については、司令塔機能として「総理直属の機関として、内閣府の外局とし、一元的に企画・立案・総合調整(内閣補助事務)」を行うことや、各省大臣に対する勧告権などを有する大臣を設置するとしている。  これに対して、組織が内閣府の外局であること、特命担当大臣が置かれるものの厚労大臣などと比較して内閣の中での力関係が弱いのではないか、また、庁の組織人員も見えず単に組織の再編に止まるのではないか、という不安の声も出されている。  現在、子ども子育て支援政策の体制強化につながるかどうかは、まだ見えていない状況にある。 3.依然として残る制度の分断  当初、幼稚園も含め、就学前の全ての「こども」が制度の対象となることが期待された。しかし、庁の業務としては、内閣府の、子ども・若者育成支援および子どもの貧困対策、子ども・子育て本部の事務、厚生労働省からは、子ども家庭局が所掌する事務が中心であり、就学前教育の一本化はされていない。  これまでも、幼保の一元化の必要性が繰り返し議論されてきたが、結局は、地域で暮らす子どもたちに対する支援の仕組みは分断されたままとなっている。 4.放置される財源の問題  政府においては、この法案の説明で、「社会全体での費用負担の在り方を含め、幅広く検討を進め確保に努めていく」「社会・経済の参加者全員が広く負担していく新たな枠組みの検討」が明記されていた。しかし、法案の審議において野党からたびたび、財源のあり方について明確にするよう追及されたが、政府はあいまいな答弁に終始してきた。  このような状況では、財源議論は再び放置され、絵にかいた餅となる可能性がある。具体的な財源確保がない中の子ども子育て支援のあり方議論は、子ども子育てを家庭責任に矮小(わいしょう)化させたり、保育の質の低下などの規制緩和議論を再燃させ、子どもの最善の利益を歪(ゆが)める可能性がある。そして、財源問題を語らず赤字国債で運営するとすれば、その借金を子どもに背負わせることになる。 子どもの最善の 利益のために  以上のように、こども家庭庁の設置の効果は、子どもの最善の利益につながるのか見通せない状況にある。  子どもの数が減っているとはいえ、依然として多くの子どもは無認可保育所を利用している。また、学童保育の環境改善、子育て世帯への相談支援、孤独・孤立への対処、子どもの貧困問題、職員の処遇改善など課題は山積している。これらの課題の解決に向け、本稿で指摘した問題などについて正面から議論していく必要がある。 (11字×137行) <教育> 学校の働き方改革 働き続けられる職場を 大阪府教職員組合 書記次長 許斐 久子  文科省は、22年8月から、全国の公立小・中学校各1万2000校、高等学校300校の教員を対象(短時間勤務者、会計年度任用職員を除く)に、「教員勤務実態調査」を実施している。16年に実施された前回の調査では、過労死ラインとされる月80時間以上の時間外勤務をしている教員が小学校33%、中学校では57%と半数以上いることや、タイムカードなどによる勤務管理がほとんど行われていないことが明らかとなった。  19年、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」が改正され、教員に例外的に時間外命令できるとされる超勤4項目(@〜Cに関する業務、@校外学習その他生徒の実習、A修学旅行その他学校行事、B職員会議、C非常災害、児童・生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合)以外の業務は、自主的な業務して見なされていたものが、「在校等時間」として把握されることになった。また、正規の勤務時間を除く「時間外在校等時間」は、月45時間、年360時間の上限が設けられた。  教員には一般的な時間外手当はなく、教職調整額として給料月額の4%が一律支給されるのみで、現在の長時間労働の実態に見合っていない。「定額働かせ放題」と批判されるゆえんだ。改正時の萩生田文科大臣は、「給特法の仕組みが、学校において勤務時間管理の必要性の認識を希薄化させ、長時間勤務の歯止めにもならなかったのは事実」と答弁した。  文科省は、今回の調査で改正給特法の効果を確認し、結果によっては、給特法の枠組みから抜本的に見直すとしている。 厳しさを増す 学校現場  これ以降、学校現場の過酷な実態が広く知られるようになり、「学校の働き方改革」の施策が本格化し、「多様な外部人材の活用」「小学校35人学級の実現」「部活動の地域移行」など、これまでにない変化が学校に生じている。  しかし、長期化する新型コロナウイルス感染拡大防止対策や急激に進んだタブレット端末の導入、オンライン授業への対応により、施策の効果や在校等時間が縮減されたという実感は乏しい。むしろ、年々厳しくなる教員不足が加わり、学校現場の状況は深刻さを増している。  大阪でも、産・育休や病休を取得する教職員の代替職員が見つからず、ひとつの学校で複数人が欠員になるという状況も珍しいことではない。このような中で、現場の教職員へ負担が集中、「誰が次に倒れるか」と悲痛な叫びが組合員から聞こえてくる。  また、9月に出された連合総研の「教職員の働き方と労働時間の実態に関する調査」中間報告によると、休憩時間も十分に取得できず、平均はわずか9分。小学校においては54・6%が休憩時間0分と回答している。 実効性ある 働き方改革を  このような現場実態を懸念してか、代替職員としての登録者数や教員志望者が減少傾向となる負の連鎖が生じている。  誰もが安心して、働き続けることができる魅力ある職場とするには、もはや学校ごとの工夫では困難であり、国・地方自治体による実効性ある施策が早急に求められる。多様化する子どもたちへの対応を学校や教員だけで行うのではなく、社会全体で支える仕組みと教員の業務削減、教職員定数の改善が不可欠である。  今後、「教員勤務実態調査」結果にも注目したい。 (11字×125行) #8 <環境> 国連気候変動枠組条約と日本 目標に向け急がれる脱炭素化 認定NPO法人 地球環境市民会議(CASA)国際交渉担当 土田道代  2022年11月、エジプトで、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が開催。条約に参加している197カ国と1地域(EU)の代表が集まり、気候変動問題の解決を話し合う。  現在、地球の平均気温は、産業革命前と比較して約1度上昇している。地球の気候は「少なくとも過去2000年間に前例のない速度で」温暖化しており、この温暖化は、人間が排出する温室効果ガスによって引き起こされている。近年、世界中で異常気象が頻発し、人間の暮らしや命が脅かされている。こうした状況から「気候変動」を「気候危機」と呼ぶことも多くなっている。  2022年に発生した異常気象は枚挙にいとまがない。すべての異常気象が、地球温暖化が原因で発生していると断定することはできないが、近年、研究が進み、個々の異常気象と地球温暖化との関係を科学的に説明できるようになってきた。日本で発生した事例では、たとえば、2018年の日本の記録的な猛暑は地球温暖化がなければ起こっていなかったとする研究結果が出ているし、同年の西日本豪雨は、地球温暖化に伴う気温の上昇や水蒸気量の増加が関与していると考えられるとの研究結果が出ている。  地球には、過去に温度が高かった時期もあるが、過去の昇温と現在の温暖化との違いは、温暖な気候に至るまでの時間的スケールである。 日本はCO2の 大排出国  気候危機の原因である温室効果ガスの代表的なものは二酸化炭素(CO2)である。世界のCO2排出量(2019年)は約335億トンで、日本は世界第5位の大排出国である。  世界の科学者によって構成されるIPCCは、気候変動問題に関する最新の科学的知見を評価して「評価報告書」を公表し、国連の国際交渉に科学的知見を提供、交渉を支えている。IPCCは、人間がこれまでに排出してきたCO2総排出量(累積排出量)と、世界の気温上昇量とは比例関係にあるとした。つまり、それは累積CO2排出量が増えれば増えるほど、世界の気温は上昇していくことを意味し、将来、特定の気温上昇にとどめたい場合は、そこに到達する際の総累積排出量が決まるため、あとどれだけ排出する余地があるかわかるということだ。 深刻な被害は 途上国に  2015年にCOP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)で採択されたパリ協定は、世界の平均気温の上昇を工業化前と比較して2度を十分に下回ることを目的とし、1・5度をめざすことを努力目標に掲げている。しかし、現在までに各国が国連に提出している削減目標では、1・5度はもちろん2度目標でさえ達成できないことが明らかになっている。  こうした状況を受けて、2021年のCOP26(気候変動枠組条約第26回締約国会議)は、その決定書において、パリ協定で努力目標とされた1・5度目標こそがめざす目標であることと確認され、その目標の達成のためには2030年までの期間が「決定的に重要な10年間」で、「この10年に対策を加速」することが必要とされた。  2022年10月26日、COP27直前に条約事務局が公表した報告書は、各国が国連に提出している削減目標を足し合わせても、今世紀末までの世界の平均気温の上昇はおよそ2・5度となるとの見通しを明らかにした。  気候変動問題でより深刻な被害を受けるのは、これまでほとんどCO2を排出してこなかった途上国の人々であり、将来世代である。日本は、世界第5位、累積でも第6位の大排出国であり、この問題では加害国である。徹底した省エネルギーを進め、エネルギー源の転換で脱炭素化を進めることが必要である。日本政府は、まず、国内の石炭火力発電の段階的削減を決めるところから始めることが必要だ。2030年までに残された時間は短くなっていく。 [2022年10月26日] (11字×140行) *(出典)CASA作成【2022年10月26日】 *(出典)CASA作成 <人権> 朝鮮人虐殺事件を忘れるな 関東大震災100年を迎えて ノンフィクション作家 加藤直樹  1923年(大正12年)9月1日、南関東一帯を大地震が襲った。関東大震災である。東京の都心部、そして横浜市内のほぼ全域が壊滅し、死者・行方不明者は10万5000人に上った。  朝鮮人虐殺は、この震災の直後に起きた。内閣府中央防災会議の専門調査会が2008年にまとめた「1923関東大震災報告第2編」は、以下のように書いている。  「関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人(日本人)も少なからず被害にあった。加害者の形態は官憲によるものから官憲が保護している被害者を官憲の抵抗を排除して民間人が殺害したものまで多様である」  きっかけは流言であった。焼け出され、公園や河川敷などに避難していた人びとの中で、「朝鮮人が放火している。井戸に毒を入れている」といった流言が広がり、これを信じた人々が朝鮮人を見つけては暴行を加え、果ては日本刀や竹やりなどで殺害してしまうという事態が起きたのである。中国人や、朝鮮人に間違えられた日本人も多く殺された。  事態を悪化させたのは警察であった。警察が流言を信じ、これを拡散し、地域によっては住民に「朝鮮人が襲ってくるので自衛するように」と呼びかけたりもした。その結果、流言の拡大とともに、虐殺も埼玉、千葉、栃木、群馬にまで広がったのである。上記の報告はこれを「大規模災害時に発生した最悪の事態」としている。 暴力につながる 民族差別  2023年は関東大震災から100年に当たるが、私たちの社会は今も、この虐殺事件を遠い昔のこととして片付けるわけにはいかない状況にある。虐殺に行きついた民族差別が今も続き、ときに暴力として噴き出すからだ。  たとえば、2021年8月、在日韓国・朝鮮人が多く住む京都府宇治市のウトロ地区で放火事件があり、7棟が焼失する事件があった。その後、犯人は逮捕され実刑判決を受けたが、韓国人への差別意識による犯行だったことが分かっている。在日の関連施設で破壊行為が行われる事件は、他にもいくつも起きている。  また、災害時に民族差別的な流言が広がることも繰り返されている。東日本大震災のときは、被災地・石巻で中国人が窃盗を行っているという流言が広がり、それを信じた東京の右翼団体が武装して現地に乗り込み、中国人を見つけたら殺してしまおうと考えて徘徊(はいかい)した。石巻には中国人研修生が約400人いたので、彼らが中国人に出会わなかったのは偶然にすぎない。  こうした現実を見るとき、民族差別や、そこから生まれる災害時の差別デマを絶対に許してはならないということこそが、朝鮮人虐殺の歴史から学ぶべき教訓であることが分かる。 背景にある 二重の差別意識  虐殺の背景には、差別意識の二重の表れがあった。「朝鮮人が放火している」という流言を「朝鮮人ならやりかねない」と信じてしまうことがまず差別だが、さらに捕えた朝鮮人をその場で殺害してしまえるのも「朝鮮人は殺してもかまわない」という差別の表れである。  関東大震災時に殺された朝鮮人は数千人に上ると見られるが、そのうち名前が分かっている人は一握りである。墓が建てられた人はもっと少ない。私たちは、名前も知らない彼らを追悼し、この史実を、差別による暴力を繰り返さない社会をつくるための「負の原点」として記憶していくべきだろう。 (11字×136行) *加藤直樹さん著書(ころから 本体1800円+税) #9 <政治> 第20回統一地方選挙勝利にむけて 組織一体となり戦い抜く 連合大阪 組織拡大・連帯・政策・政治グループ 副事務局長 黒田悦治  第20回統一地方選挙がいよいよ今年4月に迫ってきた。新型コロナウイルス感染症の拡大から4年目を迎え、特に大阪では第7波の時、最多の感染者を記録し、10万人あたりの死亡者数でも全国で最多となるなど、極めて厳しい状況となった。さらに昨年秋から冬にかけて、第8波による感染拡大が再燃すると予測されている。このように収束が見通せない今、生活者の命と暮らしを守る環境整備の確立が急務となっている。この状況の中、統一地方選挙を迎える。  連合は『第20回統一地方選挙の対応方針(2022・10・20第13回中央執行委員会で確認)』の中で、「政党の足腰である地方議員の勢力図を全国規模で規定することになる統一地方選挙は、国政選挙と並んで各政党が組織の総力を挙げて闘う選挙である。また、地域に根差した政策を実現するとともに、働く者・生活者の立場にたつ政治勢力の結集・拡大をめざしていくための基盤を、全国各地でつくる重要な闘いとなる」としている。  連合大阪も同方針を踏まえ、「第20回統一地方選挙の対応方針」の策定に向けた取り組みを進めている。 大阪の未来を 左右する選挙に  本選挙はまさに大阪の未来を左右する極めて重要な戦いで、大阪府知事・大阪市長選挙と堺市長選挙を加えたトリプル選挙も想定されている。私たち連合・連合大阪が掲げる「働くことを軸とする安心社会」の政策を実現させるため、さらには維新政治に歯止めをかけるためにも、連合大阪と連携する首長や議員を当選させることが必要不可欠である。  しかし、本選挙から大阪府議会の定数が88議席から79議席(9議席減)に、大阪市会の定数が83議席から81議席(2議席減)となり、連合大阪の推薦議員が所属する選挙区も、現職を含めて激戦となることが想定される。現状では、大阪府議会の推薦議員は3人、大阪市会では2人であり、連合大阪が掲げる政策・制度を府政や市政に反映させるためにも、現職の議席を確保し、議会で代表質問権を持つ交渉会派へとさらなる上積みをはからなければならない。  また、本選挙の争点としては、@これまでのコロナ対策への評価、Aロシアのウクライナ侵攻などによる物価高騰に対する生活困窮者への支援策、BIR・カジノ誘致などが挙げられる。 危機感をもって 戦いに臨む  さらに2025年に開かれる大阪・関西万博にむけては、持続可能な地域社会づくりが求められている。それらを踏まえて、連合・連合大阪がめざす「働くことを軸とする安心社会」にむけての政策を実現させるために、これまで以上に強い危機感を持って臨んでいかねばならない。  そのためには、組織が一体となって戦う環境づくりが必要であり、構成組織が支援する政党が分かれている現状を踏まえ、相互に協力を求めるとともに、連携する両政党への働きかけを粘り強く行っていく。  連合大阪は、働く者・生活者の立場にたった政治勢力の再生を実現し、労働組合としての社会的役割を果たすため、構成組織、地域・地区協議会、政策・政治フォーラムなど、組織一体となって最後まで戦い抜き、推薦候補者全員の必勝をめざす。 (11字×115行) <医療> 感染爆発が最前線にもたらしたもの 疲弊する医療現場 自治労本部 衛生医療局長 平山春樹  2019年12月に中国武漢で確認された新型コロナウイルス感染症は世界的に感染拡大し、いまだに収束には至っていない。日本国内では2020年1月に感染が確認され、2022年7月中旬からはこれまでにない感染拡大となり、8月19日には全国で26万人を超える感染者を記録した。治療の最前線で働く医療従事者は自らも感染するリスクの中、懸命に対応してきたが、この間改めて見えてきた医療現場の課題は人員不足である。 厳しい アンケート結果  医療従事者の状況について、自治労本部衛生医療評議会では2021年11月から2022年1月に全国アンケートを行い7724人から回答があった。その中で「現在の職場を辞めたいと思ったことがあるか?」の設問に対して69%が辞めたいと思う(常に辞めたい 12%、しばしば思う21%、たまに思う36%)と回答し、看護師のみでは79%という結果であった。  「辞めたいと思う」その理由として最も多かったのは「業務が多忙」である。これは業務量に対して人員が不足していることを示唆している。感染拡大前から余力のない人員配置であったところに、新型コロナウイルス感染症対応が追加されたことが原因と考える。 感染拡大で 過酷な環境に  感染症対応では、感染者対応する汚染区域と清潔区域を厳密に区別し、対応しなければならない。汚染区域で感染対応にあたる医療従事者は個人防護具を着用し業務にあたるが、これは着脱に時間と手間がかかる。業務を行うにあたってはゴーグルにより視界が悪くなり、ガウンは通気性が悪く熱くなるため通常より疲れが大きい。また、消毒作業も多く感染者や疑い患者対応後は常に必要である。  感染拡大初期では汚染区域に委託業者が入れず、清掃やリネン交換などの委託業者が行っていた業務も医療従事者が行わなければならない状況もあった。感染者の増減状況によりその都度、人員配置の見直しや感染病棟の対応変更(マニュアル変更)を行う必要があり、現場の負担を大きくした。  第6波と第7波のこれまでにない感染拡大では医療従事者自身の感染や家族の感染などによる欠勤が多くみられた。職員の欠勤により急な勤務変更が頻繁に行われ、休日を返上し勤務を行った職員も多くいた。  このような状況で思うように休暇が取れず、身体を休めることができなかったことや職場から世間より厳しい行動制限(移動や食事等)を求められ、ストレスを発散できなかったことも医療現場の疲弊につながっている。 余力ある 人員配置が不可欠  医療機関は新興感染症の感染拡大時における体制整備について「第8次医療計画」や「持続可能な地域医療提供体制を確保するための公立病院経営強化ガイドライン」などで平時からの取り組みが求められている。国は感染拡大時の医療人材の確保を人材派遣(広域人材派遣やDMATなど)で対応しようとしている。一部地域の一時的な感染拡大であれば人材派遣で対応できるかもしれないが、新型コロナウイルス感染症のように長期に及ぶ全国的感染拡大の場合には限界がある。  医療は現場で働く人で成り立っていることから、人員不足では必要な医療が提供できず医療崩壊が起こる可能性がある。医療現場で働く職員の確保には、まず今働いている職員の離職防止であり、そのためには労働条件や労働環境の改善が不可欠である。その上で平時から余力ある人員配置とそのための財政支援が今後求められる。 (11字×126行) <平和> 誰のための憲法か熟考の時はいま 大阪平和人権センター 事務局長 西川徹二  2023年を迎えた中で、大きなテーマとして挙げられるのが、憲法改正についてどこまで踏み込んだ議論が行われるかである。  昨年9月以降、北朝鮮によるミサイル発射が頻繁に行われている。これに対して、吉村大阪府知事は「国防を見直すべき」と声高に叫び、憲法9条についても触れ、「このままでいいのか、これで国を守れるのか、自衛隊の明記すらされていない」と言及している。さらに、大阪市の住民投票を引き合いに国民投票を持ち出し、「憲法改正の発議をし、国を挙げて国防のあり方を考えるべき」とも発言している。  自民党の改憲派も同様の趣旨のことを発言していたが、旧統一教会問題で最近は声を潜めている。しかし、通常国会では「防衛費の大幅増」を必ず提起してくるであろう。 国民の姿なき 改憲の議論  こうした中で、昨年10月に開かれた衆議院憲法審査会では、論点がかなり絞り込まれた。議事録から要約すると1点目は、緊急事態条項に関すること。2点目は憲法9条に関すること。3点目は教育に関すること。4点目は憲法改正の手続法である国民投票法に関することが示されている。  注目すべきは各会派が課題に対する考え方を述べる中、立憲民主党は憲法審査会に対する基本姿勢について、「論憲」と主張したことだ。これは、具体的な憲法改正案を審査会に持ち込んで、その案に対する賛否を問うことではなく、合意形成の場であるとの主張であった。そして、「憲法と政党政治」の課題についても示した。  これまでの憲法改正への動きは政党主導の枠組みの中でのみ行われており、安倍政権がそれを主導、実践してきたともいえる。しかし、国会議員は国民の代表者といえども、主権は国民にある。それを踏まえるまでもなく、改憲派だけで改憲を決めるようなことはあってはならない。  にもかかわらず、安倍政権は数を背景に改憲に向けた動きを強引に推し進めてきた。岸田政権も同様であろう。 地道な取り組みで 地盤を確立して  私たちは憲法と平和について、もう一度考えなければならない。誰のための憲法なのか。憲法を変えることだけで平和を保てるのか。今一度、熟考する必要があるのではないだろうか。  大阪平和人権センターは昨年末、2回にわたって、憲法についての集会などを行ってきた。2023年は統一地方選挙の年であり、大阪にとっては極めて重要な知事・市長選挙も執行される。維新政治から脱却することが重要なキーワードだ。そのためにも労働団体、市民団体レベルの運動強化と立憲野党の踏ん張りが必要だといえる。  そしてこうした取り組みをひとつひとつ地道に進めていくことが、万が一、憲法改正の国民投票が行なわれる事態に陥った時、それに対応できるための地盤確立につながる。  ロシアのウクライナ侵攻が長期化していることから、円安・物価高による経済の打撃は計り知れないものがある。優先される課題は国民生活の安定であり、防衛費大幅増ではないであろう。旧統一教会問題も含めて、国民不信が高まっている中、国民の信を問うのが政治の常道であろう。 (11字×116行) #10 詩 未来は 米谷 茂 ゆず風呂に しりとりならば負けになる 「ん」の形で 除夜の鐘を待っている 一年間についた嘘を数えながら 自分の保身のため 他人との潤滑油のため などと区分して 兵器に人道的と非人道的と 区別している嘘が まかり通る世の中に ぼくのついた嘘なんて たかが知れていると 正当化している 鐘が鳴りはじめた でも いいことだってあった あくびをして涙を見せた幼児は 「昨日ケンカして泣いた涙の残り」と かわいらしい嘘をついた こんなかわいらしい嘘がある限り 未来は すてたものじゃないかも <トレンド> アンガーマネジメントでコミュニケーション上手に  「怒る」ことは誰にでもあるが、なかなかどうして気分の良いものではない。だからと言って全く怒らなければ良いかと言えばそうでもない。怒って意思表示をすることが必要な場合もたくさんある。  そんな中から生まれたのが「アンガーマネジメント」という考え方。怒らないことをめざすのではなく、必要な時には上手に怒り、必要のないときには怒らなくて済む、そうなるためのトレーニングがアンガーマネジメントだ。  上手に怒るとは、他人はもちろん、自分も、そして周りの者も決して傷つけたり壊したりすることなく、怒っている内容を上手に表現し相手に伝えるということ。決して怒りに振り回されずに、必要な時に上手に怒ることができるアンガーマネジメントは、精神論などではなく考え方のテクニック。少し考え方を変えれば、誰にでも習得できる技術だ。  その技術は大きく二つ、「怒りという感情のコントロール」と「怒りを上手に伝えるテクニック」に分けられる。 衝動抑える 四つのアプローチ  「怒りという感情のコントロール」には、さらに二つのポイントがある。まずは瞬間的にカッとなってしまう怒りの「衝動をコントロール」すること。これには衝動を抑える四つのアプローチを知っておくといいだろう。 @ゆっくり6秒数えよう A自分の呪文を唱えよう B周囲の何かに意識を向けよう C一度その場を離れよう  怒りのピークは最初の6秒間と言われている。これら四つのアプローチの要点は、その6秒をどのようにやり過ごして落ち着きを取り戻すか、に尽きる。怒りへの意識を別に向けるのがポイントだ。状況も考えつつ、自分にとってやりやすい方法を覚えておくといいだろう。 必要な怒り 不必要な怒り  次に必要なのは、怒りの性質を知り「行動をコントロール」することだ。  怒りには「必要な怒り」と「不要な怒り」の2種がある。それを判断するのは「自分にとって重要かどうか」「自分で変えられることかどうか」の二つの要素だ。  それを踏まえて次の四つのパターンに怒りを分けた(図参照)。  Aの怒りはすごく必要な怒り。その怒りを糧にして、今すぐに改善に取り掛かるべき重要な課題ということになる。  一方、Bの怒りは不要な怒り。どうしようもないことなので、現実を受け入れることを考えよう。  Cの怒りは、優先順位は低いものの必要な怒り。余裕のある時に自己責任で変えることを選んでいくべき課題だ。  最後にDの怒り。これは全く不要な怒り。自分には関係ない、と考えて頭から追い出すようにしていくと、少しずつ怒りが起きにくくなる。  要するに、自分で取り除けるストレスは優先順位をつけて取り除き、それ以外は受け入れるか追い出すかをすればよい。普段から「重要かどうか」「変えられるかどうか」を意識する癖をつけよう。自らの怒りの性質を冷静に分析することで、自分の行動を次第にコントロールできるようになる。 怒りの伝え方 四つのポイント  怒りの衝動に対処し、そしてその性質を理解できれば、あとは理解した怒りの中身、つまり「課題」について、解決に向けて上手に伝えることが大切だ。伝え方のポイントは、怒りの感情を伝えるのではなく、何が自分にとって問題であるかを明確に伝え、その改善につながるよう「未来」に向けた話をすること。  具体的には次の四つのポイントに注意するといいだろう。 @相手へのリクエストを明確かつ正確に伝えよう A過去よりも未来。原因よりも対応策 B主語は「私」で伝えよう C話はゆっくりと低い声で  これらの方法は怒りを伝える際だけでなく、日ごろのコミュニケーションでも有効な方法だ。怒りがなくても、人に何かを伝えるときにはお互いに嫌な気持ちにならないことが大切。問題を前向きにとらえられ、解決につながっていく。そうすれば怒りが沸き上がることも減っていくだろう。  アンガーマネジメントができる人はコミュニケーション上手。あなたも今日から始めてみては。 (和) (11字×155行) * 1.ゆっくり6秒数えよう  頭の中でゆっくり6秒数えることで怒りのピークをやりすごし、反射的にアクションしてしまうことを抑えよう。 2.自分の呪文を唱えよう  「大丈夫」「何とかなる」など、自分なりに落ち着く言葉を普段から考えておき、怒りの場面でその呪文を頭の中で繰り返し唱えよう。コーピング・マントラと言われる方法で、緊張を抑えるのにも有効。 3.周囲の何かに意識を向けよう  机の傷を数える、ポスターの文字を黙読するなど、怒りの原因と全く違うものに意識をフォーカスし、落ち着くまで時間稼ぎをしよう。グラウンディングと呼ばれる方法で、「今」「ここ」に意識を集中するのがポイント。 4.一度その場を離れよう  ストレスの原因やトラブルからは逃げるが勝ち。「いったん中断します」と断ってその場を離れよう。少し離れるだけで冷静さを取り戻すことが多い。 * 1.相手へのリクエストを明確かつ正確に伝えよう  怒っていいのは事実、行動、結果の3点。これに対して「自分はどうしてほしいのか」を「いつ」「どこで」「誰が」「誰に」「何を」「なぜ」「どのように」「どれだけ」などを明確かつ正確な言葉で伝えよう。言葉のすれ違いをなくすことで、怒りの機会は減る。 2.過去よりも未来。原因よりも対応策。  過去の原因究明や過去の例を持ち出すとお互いに感情が出がち。「今度からこうする」などと未来に向けた建設的な言葉で話せば、怒りが顔を出しにくくなる。 3.主語は「私」で伝えよう  「あなたは」と言うと相手は責められているように感じる。相手と自分の双方を尊重しつつ具体的なリクエストを伝えるには「私はこう思っている」という言い方がベスト。 4.話はゆっくりと低い声で  怒りを伝えるのは決してストレスを発散するためではない。もし頭に血がのぼった時は「衝動のコントロール」で気を静めたうえで、ゆっくりと低い声で話すよう心がけよう。相手に気持ちが伝わりやすくなるテクニックだ。 #11 詩 地球を重くするために 米谷 茂 わたしたちは 地球を重くするために 十月十日をかけて それぞれ重みをもって 生まれてくるのだ いま 誕生日を祝ってくれる 者などいない戦場で 兵は銃を撃っている そして 戦死公報が家族のもとに 届くとき 誕生日と重っていることを 知るのだ 自分の意志で 生まれる国を決められないのに 裸の王様はどこにも存在し 地球を軽くしようと 闇をさらに暗くしている 地球を重くするために 負けてはいけない 地球を重くするために <新春訪問> 水平社博物館 人権のふるさとを訪れて 水平社創立100周年を機にリニューアル  「人の世に熱あれ、人間に光りあれ」と謳(うた)われた水平社宣言発祥の地である奈良県御所市柏原。そこに建つ水平社博物館は、この地の出身で水平社の創立に中心的に関わった阪本清一郎や西光万吉、駒井喜作など、先人が残した史料を多数保存している。  さらに、差別と闘ってきた人たちの記録の展示を通して、多くの人々に人権や差別について知り考えてもらおうとしている。  博物館はそんな人権尊重の精神を発信することを目的に1998年5月に開館した。そして昨年3月には全国水平社創立100年周年記念に合わせ、館内の展示内容を若い世代に向けて親しみやすい展示となるよう全面改装しリニューアルオープンしている。 若者向けの展示や映像が来館者の興味を引く  館内に入ると1階にはリニューアルにあたっての理事長の説明文が掲示されていた。そこには水平社博物館の目的として、人間の尊厳と平等を求める理念、差別を許さない水平社の理念を継承し、その思いを未来につないでいくと記載されている。また、寛容と包摂の社会、人間の尊厳の実現に向けてともに歩んでいくことも呼びかけている。  さらに「人権ふるさとマップ」や周辺地域を紹介するマップ、全国水平社の活動家6人を紹介するビデオコーナーが設置され、博物館と水平社運動を生み出した柏原という土地との一体性を紹介している。  2階は展示室になっており、昔の柏原の産業や差別されていた人々の暮らし、水平社が生まれた経緯などを紹介するパネルが展示されている。導入として人間の尊厳について説明し、「解放令」発布以後、全国水平社創立までの差別との闘いの歴史を。さらに、水平社創立と理念の紹介、差別を糺弾(きゅうだん)する運動の展開、戦時下における水平社の動向と現在に至るまでの運動の軌跡がコンパクトにまとめられている。  パネルや歴史的資料が並ぶ一方で、アニメ「ワンピース」や「鬼滅(きめつ)の刃」に出てくる人権に関する場面やセリフ、「ザ・ブルーハーツ」の曲の歌詞なども紹介されている。特にファンタビュー・シアターと呼ばれる劇場型のブースでは、全国水平社創立大会の場面をドラマ化した映像を放映、同時に疑似的に大会に参加している雰囲気を味わうこともできる。来館者の関心を引き付ける仕掛けが随所に施されている。  展示室のモニターブースでは、展示パネルの内容を映像化しわかりやすく解説しており、パネルとあわせてモニターを見ることによって、さらに理解が深まるように工夫されている。 周辺に残っている 水平社の足跡  水平社博物館の周辺には、水平社ゆかりの史跡が点在している。  水平社博物館の正面には、全国水平社創立宣言の起草者である西光万吉の生家「西光寺」があり、すぐ前の人権のふるさと公園内には「いのち燦燦(さんさん)の燈(とう)」がある。これは、2012年、水平社博物館地元協力会が全国水平社創立90周年・大和同志会創立100周年を記念して建立されたもの。差別を許さず、仲間と手に手を取り合い、一人一人がしっかりと人間らしく生き、差別のない日が来ることを願った言葉が刻まれている。なお、3月3日には記念碑に空いた穴に朝日が正対するとのことである。  水平社博物館の近くの住宅街には水平社宣言記念碑がひっそりと立っていた。これは水平社設立50年周年を記念し、各地から寄せられた寄付金によって建立されたとのこと。ほかにも神武天皇を祀(まつ)る神武天皇社など数々の史跡があり、これらを見学するフィールドワークの案内も行っている。 世界に向けた発信も  近年、「人権擁護施策推進法」や「アイヌ新法」の制定、SDGsや国際博物館会議(ICOM)での博物館の定義見直しなど、人権を重視する傾向がますます高まっている。  100年前の全国水平社創立大会で出された「宣言」が、人権尊重の原則を定めた世界人権宣言、2015年の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)にもつながっている。水平社博物館は今回のリニューアルを機に、さらに大きな視点、世界的な流れも含めた視点から、人権情報発信基地としてあらゆる差別撤廃に向けた情報を発信する施設をめざしていくという。  ロシアの侵攻によってウクライナの人々の命が理不尽に奪われている。戦争という最大の人権無視と差別に対して大きな行動を起こすことは確かに難しい。しかし、誰かの権利が侵害されているとき、もしかしたらそれは自分だったかもと想像する力を持つことはできるはず。水平社博物館を訪れることは、そうした思いに気づくきっかけとなるはずだ。 (Y) (11字×170行) 水平社博物館 ▼所在地/奈良県御所市柏原235−2▼アクセス/近鉄「橿原神宮前」駅から奈良交通バス「御所駅」行乗車、「郡界橋」停下車500b▼開館時間/10時〜17時(入館は16時半まで)▼休館日/月曜日と第4金曜日(ただし祝日の場合は翌日)、年末・年始▼入館料/大人500円、中・高校生300円、小学生200円▼問い合わせ/TEL0745(62)5588、URL:http://www1.mahoroba.ne.jp/~suihei *●全国水平社創立100周年にあたる2022年3月3日リニューアルオープンした水平社博物館 *●2階展示室を紹介しているパンフレット *●全国水平社90周年の際に建立された「いのち燦燦の燈」 *●全国水平社創立宣言の起草者西光万吉が生まれた家「西光寺」が博物館の正面にあった *●人権のふるさとマップで水平社博物館周辺を散策すれば、その足跡が見えてくる *●「水平社宣言」と荊冠旗が刻まれている水平社宣言記念碑は近隣の住宅街の中にあった #12 スポーツ 六甲の自然が舞台 六甲山アスレチックパークで遊ぶ  冬はスノーパーク、夏はアスレチックパークになるという、六甲山アスレチックパークGREENIA(グリーニア)に行って来ました。  今回は六甲のドライブも兼ねて車でゴー!大阪市内から約1時間で目的地の駐車場へ到着。公共交通機関でもいいのですが、着替えなどの荷物の多さや、子連れの大変さを考慮すると車で行く方がいいでしょう。  パークの中に入ると、目の前には芝滑り、左手にはトランポリン、右手にはペダルボートと一気に盛り上がります。GREENIAは七つのエリアに分かれており、さまざまなアスレチックが用意されています。  今回、一番楽しみにしていたフォレストアドベンチャー&ロングジップスライドの予約時間まで時間があったので、アクティビティスポーツエリアで久しぶりの足こぎボートを。池にはたくさんのコイがいました。  さて、身体を慣らしたところで、期待のフォレストアドベンチャーのキャノピーコース6カ所とロングジップスライドです。このフォレストアドベンチャーは事前予約制になっていますので、行く日が確定したらHPから予約を。ロングジップスライドのみの体験なら当日受付でOK、予約の必要はありません。【このアクティビティは入場料の他に2000円必要】 着地が難しい! 楽しい!面白い!  係員に安全ベルトを装着してもらい、15分程の安全講習と所要時間などの説明を受け、いざキャノピーコース1へ。キャノピーコース1は、サーカスのピエロになった気分での綱渡りやぶら下がりなど。なかなか初めからスリル満点。キャノピーコース2は、向かいにある山まで自分のタイミングで飛び出し、ジップスライドで空中を大移動です。  初めは、どうなることかと思っていましたが、キャノピーコース6まであっという間、空のお散歩が終了しました。さて、いよいよメインイベントのロングジップスライド。グリーニア史上最長約256メートル、30秒の空の旅です。スピード感があり、楽しさ抜群。上空からの景色は飛んだ人だけが味わえる特別なものです。  空の旅の後は、水上アスレチックへ。ここはスリルあふれる水上が舞台。某筋肉系TV番組さながら、池の上に設置されたアスレチックに挑戦。このエリアは学生が多く、みんなずぶ濡れになりながら、あちこちで、ワー、キャーと歓声が上がっていました。  次は私がもっとも得意とする分野?、マッスルアスレチックです。難易度激ムズレベルのマッスル系アスレチック。ここでも某筋肉系番組さながらのアクティビティにチャレンジできます。筋トレ好きにはたまらない。そのまま隣接するバラエティアスレチックへ。最後に出てくる「そそり立つ壁」を体験し、疲労困憊、でも満足の一日でした。  フィールドアスレチックは仮設ゲートを一度出て、一般道を5分ほど移動しなければならないエリアです。今回は時間がなくて行けませんでしたが、次回にチャレンジです。運動不足になりがちな毎日、時には思いっきり体を動かして汗を流してみませんか。(T) (11字×115行) 七つのエリア ・バラエティアスレチックyahhoy ・水上アスレチックwonder amenbo ・マッスルアスレチックde kairiki ・フィールドアスレチックwonder yamambo ・アクティビティスポーツmt.king ・フォレストアドベンチャーmecya forest ・ジップスライドzip slide 六甲山アスレチックGEENIA ▼所在地/神戸市灘区六甲山町北六甲4512−98▼公共交通/六甲ケーブル乗車。六甲山上駅から六甲山上バスで「アスレチックパーク前」へ▼営業時間/10時〜17時▼冬季休業/11月24日〜3月17日(予定)▼入場料/大人3000円、学割2500円(要証明)、小学生2000円、4〜6歳1500円、別途料金が必要なアスレチックもある▼駐車場(700台)/平日500円、土日祝1000円、繁忙期2000円▼詳細はHPで(https://www.rokkosan.com/greenia) *GREENIAではさまざまなアクティビティが用意されている *ロングジップスライドで30秒空の旅を満喫した *最後に挑戦したのが「そそり立つ壁」 <えと> ウサギに会いに初参り ウサギの使いがいる関西の神社  今年の干支はウサギ。もともと干支は方角を示すもので、十二支を時計の文字盤に当てはめていくと、ウサギは3時の方角となります。また古来からさまざまなな動物が宗教のシンボルとして使われてきましたが、ウサギもその一つ。そんなウサギを象徴とする神社をいくつか紹介します。 住吉大社  住吉大社の御鎮座(創建)は摂政11(211)年辛卯年(かのとうのとし)卯月卯日。そのことから住吉と名の付く全国の神社でウサギは神様の使いとされています。住吉大神は祓除(はらいよけ)を司る神様で、健康、海上守護、和歌文学、諸願成就の祖神とされています。手水(ちょうず)舎では石づくりの兎から水がでており、境内にはヒスイでできたなでウサギがあります。 ▼所在地/大阪市住吉区住吉2丁目9―89▼アクセス/南海本線「住吉大社」駅から東へ徒歩3分▼TEL06(6672)0753 本住吉神社  201年、住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神)からご神託を受けた神功皇后が、この地に住吉大神を祀(まつ)ったのが始まり。住吉大神と神功皇后の四柱を祀っています。また神社の名に付く本は「大阪のもと」という意味で本住吉神社(もとすみよしじんじゃ)と称します。また、海外へ出陣した神功皇后が、住吉大神の加護により無事帰還し、応神天皇を出産したことから、安産の神様、勝負の神様として崇拝されています。  鳥居両脇の門塀上には瓦製の跳ね兎があります。 ▼所在地/神戸市東灘区住吉宮町7丁目1―2▼アクセス/JR神戸線「住吉」駅からすぐ▼TEL078(851)3746 岡崎神社  ご祭神としてスサノヲの尊(みこと)、クシナダヒメの命(みこと)、およびその御子三男五男柱を祀っています。延暦13(794)年の桓武天皇の平安京遷都の際、平安京の四方に建立された社の一つといわれ、都の東方に鎮座することから東天王と称されました。  清和天皇が貞観11(869)年に造営し、祭神を迎え祀ったとされています。古くからウサギが氏神の使いと伝えられています。祭神が子宝に恵まれたこと、そしてウサギが多産であることから子授けの神として信仰されています。 ▼所在地/京都市左京区岡崎東天王町51番地▼アクセス/京都市バス「岡崎神社前」下車▼TEL075(771)1963 宇治上神社  ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の構成資産の一つとして登録されています。  創建は1060年頃。宇治平等院の鎮守社として崇敬されており、国内の神社で一番古い神社と言われています。ご祭神は莵稚郎子命(うじのおきいらつこ)とその父である応神天皇、兄の仁徳天皇の三柱です  この地「宇治」はかつて「莵道(ウサギのみち)」と書いて「うじ」と読みました。現在も宇治市の一部地域で莵道と書いて「とどう」と読む場所が残るくらい。ウサギが多かったことを偲(しの)ばせます。この神社のトレードマークはもちろんウサギです。神社にはかわいらしい「見返りウサギ」があり、小さなウサギのおみくじもあります。 ▼所在地/京都府宇治市宇治山田59▼アクセス/京阪宇治線「宇治」駅から徒歩5分▼TEL0774(21)4634  その他、神社仏閣の装飾としてウサギはよく使われています。八坂神社には大国主とウサギの石像がありますし、地主神社にも同様の石像が。訪ねた際に探してみるのもまた一興です。(司) (11字×123行) *●住吉神社の手水舎には石づくりのウサギがいた *●門塀の上でウサギが跳ねている本住吉神社 *●多産の子授けの信仰の岡崎神社には多産のウサギが並んでいた *●見た目にもかわいい「見返りウサギ」は宇治上神社に #13 <HOW TO> エコでやさしい おウチ時間を過ごそう 段ボールハウスづくり  コロナ禍に入って早3年、さまざまなおウチ時間を過ごしてきた。そのほとんどはネットで完結。だが意外にゆっくりできず、目まぐるしい毎日に…。そんな状況と真逆のアナログ作業でゆっくりと家族との時間を楽しんでみた。 意外と古い段ボールの歴史  段ボールの歴史は古く、この世に誕生したのは1856年と167年も前。鉄道開業(150年前)よりも長い歴史を持っている。発祥はイギリスでシルクハットの内側に使用する汗どめ、そしてクッション材として使われたのが始まり。今のような包装材としての段ボールは主にアメリカで発展。1800年代の終りには現在の段ボール箱の原型がほぼできあがっていたという。  日本では1909年に関西出身の実業家・井上貞治郎(1881〜1963)が綿繰り機をヒントに機械を考案、ボール紙に段をつけたW繰りっ放し”の製造に成功。のちに「段ボール」と命名したのが国内での始まりとなった。  その後、段ボールは産業、流通とともに発展していく。それまでの包装材は木箱が主流だったが、木箱製造のコスト高や、使われる釘、帯鉄などが戦争で不足し、また木材資源保護の声があがったため、段ボールが使われるようになった。さらに高度成長期になると流通の要として急速に段ボールの需要が増えた。 優秀な素材である段ボール  今では無くてはならない段ボール。その強みは素材の軽さ、丈夫さ、加工のしやすさ、また生産コストも安価で済むため、包装材として不動の地位を築いている。そして特筆すべきは、ほぼ100%リサイクル可能な素材なのでWなんちゃってサスティナブル”で環境にやさしい代物だ。  さまざまな現場で利用され、災害時には簡易ベッドにもなり、東日本大震災では避難生活の支えとなった。またプライバシーを守ってくれる仕切りにもなり、その万能性、可能性に多くの企業も注目することとなった。  海外では加工を施し、雨風をしのぐことのできる段ボール素材の、本当に住めるW段ボールハウス”も作られているとのこと…。と、あまり語ると脱線していくため、ここらへんで本題に移っていきたい。 段ボールハウスを作ってみよう  今回、作る段ボールハウスの大きさは幅50a×奥行き70a×高さ75a。使用する段ボールのサイズによっても変わるが、あまり大きいサイズにしてしまうと強度が弱くなるので、部屋の広さに合わせて適当なサイズで製作してみた。結果、大人も入れるギリギリのサイズがこれだ。 ■用意するもの *段ボール *ボンド *ガムテープ *カッターナイフかハサミ *100均で買ったリメイクシート *飾り付けのペンなど @まずは?想像してみよう  下手でもいいので、最初に完成予想図を描いてみるのがオススメ。ただし、ここで考えすぎると作業へのハードルが上がってしまい、つらくなるので、実現可能なものを想像しながら、おおまかに可能な範囲で描いてみよう。 Aパーツを?切り出していく  完成予想図が描けたら、希望のサイズに近い段ボールをベースに作業開始。筆者は引っ越し後でもあったので120サイズの段ボールをつぎはぎしながら作業してみたた。まず面積の大きい部分(屋根や壁面)から作業を始めると、進んでいる気にもなる(笑)。 B本体の基礎部分?から作ってみよう  家づくりは基礎が大事。柱や骨組みは無いので、角に補強を入れて多少の衝撃ではつぶれないように作っていく。 C飾り部分はセンス?が問われる(泣)  本体ができたら屋根をつけ、リメイクシートなどで飾る。最近はDIY人気もあり、100均にはさまざまなシートがあった。今回は、少しモダン(?)にしてみた。 まとめ  製作時間は約1時間30分ほどであったが、普段取り扱うことないサイズなため達成感はなかなかのもの。また何よりも子どもに喜んでもらえたのがうれしかった。(ぷ) (11字×130行) *●ダンボールハウスづくりに使用した道具類 *●@下手でも完成予想図を。おおまかな想像につながる *●A強度のある段ボールをベースにつぎはぎ状態に *●B(左)底面はボンドで固定/(右)角はしっかり補強を *●C屋根は瓦をイメージしたつもりが、ウロコのような… *●なんとか完成!お店屋さんで遊べるよう大きな開口部も #14 <映画> 猫たちのアパートメント 2022年/韓国/1時間28分/ドキュメンタリー/監督・撮影・編集:チョン・ジエウン/出演:遁村団地に暮らす猫たち、キム・ポド、イ・インギュ/配給:パンドラ ▼公開日程/<大阪>1月13日(金)〜シネ・リーブル梅田TEL06(6440)5930、<京都>1月13日(金)〜アップリンク京都TEL075(600)7890、<兵庫>2月18日(土)〜元町映画館TEL078(366)263 解体されるマンモス団地猫たちの移住計画始動  住人は再開発を望んでいる人たちばかりではないだろう。これまでの快適な暮らしが、再開発という名のもとに収益性の高い事業を求める人々によって奪われていくのだから。  そして、その住人たちに見守られて、緑が生い茂る中を堂々と散歩する個性豊かな猫たちがいる。その250匹の猫たちの引越しの様子の記録が『猫たちのアパートメント』。  監督のチョン・ジェウンは、『子猫をお願い』で監督デビュー。20代の5人の女性の友情や恋、挫折を、拾った子猫を通してみずみずしく描き、幅広い層の女性に支持された。  舞台はソウル郊外にある遁村(トンチャン)団地。1880年に建てられ、18万坪の敷地に143棟、10階以下の低い建物が広い間隔を保ちゆったりと配置されており、アジア最大の団地だとも言われている。  住人の一人、イ・インギュさんはこの団地で生まれ育った。再開発で故郷が消えて無くなることにショックを受け、記録を残そうと『アンニョン!遁村団地』というプロジェクトを始めた。それが住人や団地の近隣の人々との猫を安全に移住させる作戦「遁村団地猫の幸せ移住計画クラブ」につながっていく。  そして、彼女たちの世代では知らない人がいないという憧れのチョン・ジェウン監督に団地と猫を記録し残して欲しいとの思いを伝える。  住民の意見を聞く会を催したり、猫の写真を撮り似顔絵を作ったり、テリトリーを調べ、去勢手術を施したりと、作戦は次々と実行される。そして一部は飼い猫に、一部は他地域の地域猫になっていく。  登場する猫たちは、孔子のように哲学的で優しくて行儀が良いコンスン、猫にも住人にも超人気のトゥンイ、猫一倍おしゃれでいつも艶々の黒猫パンダル、猫缶を見たら宙を飛ぶように走ってくるカミ、世界で一番可愛い猫といわれた黄色いトラ猫イェニャン、団地のすべての動物にあいさつするノンレイ、カメラが好きなテェキ。  カメラはかれら猫たちの目線で進む。  再開発の話が出ると、わざと修理や手入れをしないで古く見えるようにしたり、立ち退き料が高額らしいとのうわさで引っ越してきたりと、さまざまな人間の欲望が表出する。そんななか、猫の生活は人間の生活であり、猫の苦難は人間の苦難であることを思い知らされる。  「『猫』は私たちの社会の変化を示すものさしです。だからこそますます興味が湧いてくるんです」と監督は言う。  鳥が木の実をついばんでいる。それを見上げる猫。木に登っていく猫。その周りを飛び回る鳥。猫と鳥がたわむれているように見えるシーンが目から離れない。 岡野万里子 (11字×101行) *(C)2020 MOT FILMS All rights reserved. <映画> ファミリア 2022年/日本/2時間1分/監督:成島出/出演:役所広司(神谷誠司)、吉沢亮(神谷学)、佐藤浩市(駒田隆)/配給:キノフィルムズ ▼公開日/1月6日(金)より▼上映館/<大阪>大阪ステーションシティシネマTEL050(6861)8100、他、<京都>MOVIX京都TEL050(6865)3125、他、<兵庫>kino cinema 神戸国際TEL078(230)3580、他 血縁も国籍も超えて 「家族」になるために  巨大自動車産業の町、愛知県豊田市にある保見団地には約8000人が住み、その半数が外国人でさらにその大半がブラジル出身者である。映画は巻頭、保見団地の建物を真上からドローン撮影し、外壁を舐(な)めるようにカメラが滑り降りていくと、そこには仕事を終えたブラジル人たちがマイクロバスに乗って団地に戻ってくる様子が映し出される。この巧みなシーンが印象深い。  主人公は豊田市近郊の里山で焼き物を作る孤高の職人・神谷誠治(役所広司、相変わらず名人芸)。彼の自慢の一人息子・学(まなぶ)が、駐在していたアルジェリアから新妻を連れて一時帰国してきた。新妻ナディアは元難民であり、戦火に巻き込まれて両親を失っていた。学も早くに母親を亡くして父子家庭で育っている。そんな二人は共鳴するところがあったのだろうか、学とナディアが互いを尊重し深く愛し合う様子が微笑ましく描かれる。  そんな彼らのところに、日系ブラジル人の若者が半グレ集団に追われて偶然逃げ込んできた。半グレのリーダーは地元の有力実業家の息子で、ブラジル人を心底憎んでいる。ここから物語は一気に動き出し、ブラジル人たちのコミュニティの陽気さと、日本人からの差別と憎悪を浴びせられる苦しさとが表裏一体のものとして描かれる。  神谷誠治一家に降りかかる悲劇と在日ブラジル人たちの悲劇が並行して描かれ、実際に起きた事件をいくつも練り込んでいるので、本作はフィクションといいながら、一つずつの事件の記憶が観客の瞼(まぶた)に蘇(よみがえ)る。まさに今ここにある問題を扱った作品と言える。偶発的な事件の積み重ねは、ラストシーンへとなだれ込む感動の頂点への布石なのだろう。  家族とは何だろう。それは血縁にこだわらず、国籍も言葉も文化も異なる人々が互いを慈しみ育みあう共同体、だとすればその集団にあえて「家族」と名付ける必要はなかろう。それでも本作は、「共感」をつながりの糸にして生きていく人々が、家族になることを求めて地を這(は)い、血を流していく過程をじっくり描き、わたしたちに家族=ファミリアの一つの形を見せてくれる。  生まれながらに家族を喪(うしな)っていた主人公が、さらに大きな悲劇を体験し、それでもなお前を向いて生きていく姿に、観客は何を感じるだろう。家族がそろうお正月に、家族が共に暮らしふつうの生活を送っていること自体が奇跡のように幸せなことではないかと思わせる、ずっしりと手ごたえのある本作をぜひ味わってほしい。外国人労働者、差別、ヘイト、家族の紐帯(ちゅうたい)、さまざまに託されたメッセージを噛(か)みしめながら。 エル・ライブラリー 館長 谷合佳代子 (11字×100行) *(C)2022「ファミリア」製作委員会 <映画> モリコーネ 映画が恋した音楽家 2021年/イタリア/2時間37分/ドキュメンタリー/監督:ジョゼッペ・トルナトーレ/出演:エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノ/配給:ギャガ ▼公開日/1月13日(金)より▼上映館/<大阪>大阪ステーションシティシネマTEL050(6861)8100、他、<京都>京都シネマTEL075(353)4723、<兵庫>シネ・リーブル神戸TEL078(334)2126 映画という舞台で 現代音楽を創造していた  「夕陽のガンマン」を見た人なら、ビヨンビヨンと響く口琴の独特の音色、澄んだ口笛、そして馬が走るリズミカルな響きを忘れることはないだろう。モリコーネが担当する映画では、音が強烈に自己主張している。  こうした西部劇をはじめ、生涯に500本もの映画音楽を作曲し、2020年に亡くなった音楽家、エンニオ・モリコーネを描いたこのドキュメンタリー映画は、一緒に仕事をした映画監督たちがモリコーネとの映画作りを語り、その創作の秘密に迫ろうとする。  モリコーネの父はトランペットの演奏家だった。モリコーネは医者になりたかったが、トランペットを学べと父に言われて、私立音楽院に入学した。父は中古のトランペットを与え、言った。「私がそうしたように、これでお前も家族を養える」。父が若くして死んだ後、モリコーネは働きながら作曲を勉強した。10歳くらいからナイトクラブで演奏して金を稼いでいた。モリコーネは言う。「食べるためにトランペットを演奏するなんて、恐ろしいほどに屈辱的だった」。  思うにこの屈辱感がモリコーネをして映画音楽を極めさせたのではないか。「映画などの商業音楽を書くことはアカデミックな音楽家にとり売春に等しく、道徳的に非難される」状態だったという。  「初めは罪深く感じたが、ゆっくりと立ち直った。リベンジしたいとさえ思うようになった。克服したかった、この罪悪感を」。  モリコーネは、映画音楽を作る一方で、実験音楽に挑んだ。そして映画の内容を深く理解し、もっとも場面にふさわしい音楽を、さまざまな手法を使って開拓していった。  映像におもねる音楽ではなく、音楽と映像が重なることで、新しいイメージを再構成しようとした。彼は映画という場で、現代音楽を創造していったのだ。  映画「ウエスタン」の冒頭シーンは忘れ難い。乾燥し切った西部の駅に列車が到着し、3人のガンマンが待ち伏せをする。蒸気の音、水の滴る音、風の音、遠くで響く鐘の音、映像は荒くれ男の顔のアップだ。現実音が緊迫感を盛り上げ、そこへチャールズ・ブロンソン演じる男が吹くハーモニカの高い旋律が響く。モリコーネは言う。「ノイズも音楽なのだ」。  モリコーネが作曲したたくさんの映画と音楽が次々と画面に現れる。名画ファンならずとも十分楽しめる映画音楽史になっている。 小山帥人(ジャーナリスト) (11字×93行) *(C)2021 Piano b produzioni,gaga,potemkino,terras #15 <本> 作りたい女と 食べたい女 ゆざき さかおみ 著 楽しみながら意識も 知識もアップデート  この数年でLGBTという単語が広く人々に知れ渡ったように感じます。LGBTはレズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別とは異なる性別を生きる人)の頭文字をとったもので、性的少数者を指す言葉です。LGBTにQ(クイア/クエスチョン、性のあり方を定めていない人)を加えてLGBTQとすることもあります。  今回はLGBTQに関わるコミックスやコミックエッセイをご紹介。  『作りたい女と食べたい女』(ゆざきさかおみ著/KADOKAWA)。同じアパートに住む料理が好きな野本さんと、たくさん食べる春日さんが交流を深めていくなかで、好意も温めていく漫画。登場人物も、同性同士の好意についてとまどいながら、ゆっくりと物語は進みます。絵がきれいで、なにより料理がとてもおいしそうです。昨年11月に3巻発行、ドラマ化もされました。  毎回料理シーンがある作品といえば、大ヒットしてドラマや映画も制作された『きのう何食べた?』(よしながふみ著/講談社/既刊20巻続刊中)。こちらはゲイカップルのお話です。  SNSに投稿した漫画が話題となってコミックエッセイが出版されたもちぎさん。『ゲイ風俗のもちぎさん セクシュアリティは人生だ。』(KADOKAWA)は現在4巻まで刊行中。深刻な内容と深い考察を軽く仕上げ、笑いを添えて読者に届けてくれます。  同じくゲイをテーマにした『うちの息子はたぶんゲイ』(おくら著/スクエア・エニックス/既刊4巻)は、ゲイである高校生の息子を温かく見守る母親の視線で描かれているのが新鮮です。年配者や親の世代が情報や意識をアップデートするのが大切だと感じます。  性の多様さを知るのに絶好のコミックスは『性別が、ない!』(ぶんか社)。第1巻が発行されたのは2005年、これまで12巻が刊行されています。性自認、性志向は固定的なものではないことを知ることができます。著者の新井祥は他にも多様性に関するコミックスを出しています。 千本沢子 (11字×80行) *KADOKAWA 本体 700円+税 <本> 沓が行く。 文・写真 戌井昭人 W不思議な世界”に連れていってくれるかも…  不思議な本である。  あるシャツ店の店頭のウィンドウを写した写真にこんな文が添えてある。  <顔のない人たちが並んでいる。実体のない人たちが、ふわふわしているようだ。わたしには身体がみえないが、ワイシャツだけは見えている。ズボンは見えないので、下は何もはいていないのだろう。並んでこちらを向いているのだが、なにかを訴えている感じがしない。気持ちってヤツがまったく伝わってこないので、意向がわからない。そこがとても不気味なんです。どちらにしろ握手もできないから友達にもなれないだろう>  老翁の石像を写した写真には、<諸行無常でやってきて、苦虫食って眉間のシワが深くなったのです。さあ、なんでも相談してください。わしに答えられない質問はありません。ゴミの出し方、男と女のこと、宇宙のこと、とんかつの食い方、座禅、オートバイの修理、近道、時計修理、鉛筆の削り方、美味(おい)しいアンコウ鍋の作り方、なんでも答えてあげます。好きな食べ物は塩煎餅です。ですから、相談のある人は、わたしに塩煎餅を一枚ください>  こんな風に、一枚の写真に短い文が添えられて1頁(ページ)。その短い文が、ここに紹介したように「あれ?」「おや?」といったあんばいなのだ。  写真と短い文が17項目にまとめられ、それにいくつかの文章が添えられ、計252頁。  正月、テレビ番組の合間に寝っ転がってでも読めそうな本だ。      *  作者の戌井昭人(いぬいあきと)は1971年生まれの劇作家・小説家。  「はじめに」によれば、〈屁(へ)は毎日しても記憶に残らないけれど、写真は記憶として確実に溜(た)まっていく〉のだそうで。  また『沓(くつ)が行く。』という題名は、〈作家、長谷川伸の股旅もの、『沓掛時次郎』にあやかり、股旅のようにいろいろな場所におもむき、写真を撮って文章を書いてみたいといった気持ち〉を込めてだそうで。      *  写真は日本で撮ったもの・外国で撮ったものといろいろあるが、あたりまえのものばかり、といってもいいか。だがそこに添えられた短い文が、読み手をあらぬ世界に連れていってくれるかもしれぬ。  冒頭に“不思議な本”と書いたゆえんだ。 《窪田聡》 (11字×86行) *左右社 本体1900円+税 <小さな本箱> 紅一点論 アニメ・特撮・伝記のヒロイン像 斎藤美奈子 著 太郎、三郎、八郎も  ▼この集落が…かつて赤穂郡真殿(まとの)村といわれたところで、この物語の主人公・西山夘之助の父・夘平が大阪に出てくる前にしばらく籍を置いていたところである▽西山夘三(うぞう)『安治川物語』日本経済評論社97年。夘(=卯)のつく名前が三つ出てきました。この著者は…▼戦前の住宅営団で…研究を担った建築学者・西山夘三(のちの京都大学教授)は公共集合住宅の供給について、以下のように述べています▽川崎直宏『これからの住まい』岩波新書22年▼脱国の際の福士卯之吉等、アメリカでのハーディー夫妻など新島は実に多くの人々から親身の好意と助力を得た▽石川健次郎「新島襄」藤原書店『機』22年7月号。函館からの密出国は1864年、21歳。74年に帰国。翌年、京都に同志社英学校を設立▼岡山県美作での一揆は…一八七三(明治六)年五月二六日に起きた。死刑十五名、懲役六十四名を含め一万六千九百十六名の者が処罰された。首謀者は筆保卯太郎という美作の総代役である▽山村基毅『戦争拒否 11人の日本人』晶文社87年▼寺内自身は誰が後継者に望ましいと考えていたのか。総辞職公言の後、彼は野田卯太郎に対し「自分の考にては原総裁に引継ぎたし」(『原日記』一九一八年九月一五日)と述べている▽渡辺滋「寺内内閣と米騒動」筒井清忠編『大正史講義』ちくま新書21年▼『明六雑誌にあらわれた仮名文字論としては、清水卯三郎の「平仮名ノ説」(第七号、一八七四年(明治七)五月)がある▽イ・ヨンスク『「国語」という思想』岩波書店96年。平仮名の説なのにのが片仮名とは▼安西冬衛 明治三十一年(一八九八年)三月九日、安西卯三郎、セイの次男として奈良市水門町六四番地に出生。本名勝▽『日本の詩歌25』中公文庫75年。一行詩「てふてふが一匹靼韃(だったん)海峡を渡つて行つた」で有名▼河原徳右衛門【かわはらとくえもん】(不詳〜1888)明治初期、小池卯八郎(→p68)と前後して独力で鉛筆を開発▽高畑正幸『文房具語辞典』誠文堂新光社20年。ここまで男性名ばかりなので最後は「女性」名で▼物語の主人公は、正義の味方の五人組、すなわちセーラームーン(月野うさぎ)ら五人の少女である▽斎藤美奈子『紅一点論』ちくま文庫01年、原著98年。ちなみに他の4人は火野レイ・水野亜美・木野まこと・愛野美奈子。5人とも中2の14歳とのことです。 [平] (11字×87行) *ちくま文庫 本体780円+税 <本> 見立て日本 松岡正剛 著 日常的風景から 日本文化を読み解く  高校2年の1967年、学校図書館に「the high school life」という月刊のタブロイド紙が置かれた。表紙は大きく飾られ宇野亜喜良のイラストレーション。横尾忠則、寺山修司、澁澤龍彦、稲垣足穂といった突出した人たちの演劇、文学論が毎月載っていた。これを理解できる高校生がいるのかと思うほど、ハイレベルすぎる紙面だった。  大学生の時、書店で「表紙買い」したくなる雑誌を見つけた。「遊」の創刊号だ。この雑誌は宗教から科学、現代思想、音楽、宇宙、文学など多様なジャンルを扱っていた。どの分野も私の脳には歯ごたえがありすぎた。貧乏学生には高価だったので、松岡正剛の連載「自然学曼荼羅(まんだら)」だけ立ち読みを続けていた。松岡は「遊」の編集者だった。「the high…」の編者も彼であることを後に知った。  その後彼は編集工学者として活動。無料書評サイト「千夜千冊」を開設。民主党政権時代にスタートした「クールジャパン事業」のクリエイティブエディターを務めた。最近では隈研吾が設計した文化複合施設の館長になっている。その活躍ぶりから「知の巨人」と呼ばれたりもする。  そんな彼が、大衆週刊誌「週刊ポスト」の巻末グラビアページに2011年から2年間「百辞百物百景」という連載を執筆した。太田真三カメラマンが21世紀の日本を切り取った写真に、900字ほどの日本文化エッセイを重ねるというものだった。立ち寄った定食屋に置いてあった「ポスト」でこの連載を見た。連載が終わればきっと単行本になると予感した。  予想は10年間裏切られたが、2022年秋に文庫本という形で刊行された。文庫は連載の100回に新しく20のキーワードが追加された。タイトルは『見立て日本』に変わった。定食屋で見たページで記憶に残っているのは、登録抹消した小型飛行機が田んぼの中の低い鉄塔に展示されている写真。松岡はこれを案山子(かかし)に見立て、案山子とはヤマダノソホドという全知神のことと「古事記」を引用。そして一神教は最高神が全知神だが、日本では全知神はむしろ脇役で、スマホ万能検索時代でも本当の物知りは脇役にいるはずと現在をチクリと刺していた。  ふとした風景に日本文化の面影を見つける、正剛流の「見立て」技がぎゅっとつまった厚さ2・5aの文庫本。 高橋誠 (11字×87行) *角川ソフィア文庫 本体2000円+税 #16 <旅> 戦国ロマンあふれる城めぐり 電車でびわ湖一周、近江国の城をめぐる旅  言わずと知れた日本最大の湖、びわ湖。約670平方`bもの広大な面積を誇るびわ湖を電車でまわると、一周約3時間。周辺には数多くの観光スポットがありますが、今回のテーマは「城」。電車でびわ湖を一周しました。  テーマを「城」にしたのは、びわ湖がある近江国、現在の滋賀県には大小合わせて1300を超えるたくさんの城跡があるからです。  日本のほぼ中心に位置し、古代から江戸に至るまで多くの主要街道が通る近江。東西南北をつなぐとともにびわ湖の水運もあり、人や物が行きかう交通の要衝でした。またその地理的有用性を背景に、戦国時代には信長や秀吉、そして家康に至るまで、有力大名が近江を常に重要視し、城を築いて支配を強めてきました。こうして近江には、歴史とともに城の数も増えていったのです。 旧大津城の一部は 彦根城などに転用され  旅の始まりは湖南の中心、大津。京阪京津線、終点の浜大津駅から降りてすぐのところに大津城跡の石碑が残されています。  びわ湖岸の水城である大津城は、天下分け目の戦いの勝敗に影響を与えた城とも言われています。関ヶ原の戦いで東軍についた京極高次は大津城に籠城。城は西軍に攻め落とされたものの、その間、西軍の兵1万5千をくぎ付けにし、関ヶ原に向かわせませんでした。そのため、高次は敗軍の将ながら家康に称賛され、大名への復帰を許されたといいます。  翌年、大津城は廃城され、その建築物の一部は彦根城や膳所(ぜぜ)城に転用されました。今は石碑のほか、石垣などがわずかに残るのみとなっています。  浜大津から京阪石山坂本線で北上、松ノ馬場駅で下車して10分ほど歩いたところに坂本城址公園があります。坂本城は明智光秀が信長の命で築城した城。信長の安土城に次いで豪華絢爛(けんらん)な城だったと言われています。  公園内には光秀の像もありますが、実は公園の場所は城外であったとされ、遺構は公園よりもう少し北、びわ湖内に水没した石垣が渇水時にわずかに顔をのぞかせるのみとなっています。  公園から道を隔てて少し歩いた住宅街の中にも「坂本城址」の石碑がひっそりと建てられています。 長浜は一大観光地 城も黒壁スクエアも  再び松ノ馬場駅に戻り、京阪大津京駅まで下ってJR湖西線に乗り換え、湖岸を北上。堅田駅を過ぎると電車は湖岸に沿って走ります。天気のいい日は対岸の山々まできれいに見えるびわ湖の車窓風景を楽しむことができます。湖西線の起点である近江塩津駅からは湖東側へ。長浜近くに来れば宿の選択肢も広がります。  長浜駅から西へ5分ほど歩くと長浜城があります。長浜城はのちの天下人となる秀吉が、浅井長政攻めの功で信長から拝領し、初めて築いた居城です。  この長浜城は復元されたもの。館内は歴史博物館になっており、湖北・長浜の歴史と文化、そして秀吉と長浜の関わりに関する資料が展示されています。最上階はパノラマ展望台になっており、遠くに彦根城の天守を望むことができます。  長浜駅から東に少し歩けば、旧市街の伝統的な建物が並ぶ黒壁スクエアまですぐ。食事やお土産はもちろん、美術館やガラス工房なども点在する一大観光スポットです。黒壁スクエア方面に向かう駅前の「えきまちテラス長浜」1階には琵琶湖の魚を展示した小さなびわ湖水族館「オサカナラボ」も。訪れた際にはびわ湖の代表選手、ビワコオオナマズの子どもが展示されていました。 国宝彦根城で 「ひこにゃん」に会う  長浜からJR琵琶湖線で南下すること20分強、彦根駅から今回最後のお城、彦根城へ。関ケ原の戦いの後、徳川四天王の一人、井伊直政は、西軍指揮官であった石田三成の居城・佐和山城を与えられました。井伊直政は敵の大将の居城を嫌い、新たに築いたのがこの城です。当時の天守が今も残る「現存天守12城」の一つで、国宝に指定されています。  広い敷地には天守の他玄宮園と呼ばれる庭園や博物館も設置されています。博物館には「井伊の赤備え」で有名な朱塗りの甲冑(かっちゅう)はもちろん、井伊家に伝来する道具の数々が展示されています。館の一部は彦根藩の政庁と藩主の住居を兼ねた建物だった表御殿(復元)になっており、当時の生活を感じることができます。  彦根城で忘れてはならないのが、日本一有名なご当地キャラと言っても過言ではない「ひこにゃん」。天守前や博物館前に毎日登場します。その姿としぐさに癒されること間違いなし。小さな子どもから大人まで釘付けになるかわいさです。  彦根から新快速で40分ほど南下し、出発点の大津に戻ってこれでびわ湖一周です。今回挙げた以外にも、信長の居城である安土城、信長の義弟ながら決裂し滅ぼされた浅井長政の小谷城、大溝の水辺景観の一部を構成する織田信澄の大溝城など、有名な城跡がたくさんあります。電車の心地よい揺れを感じながら、戦国ロマンに浸るびわ湖一周の旅。近江の国の魅力をたっぷり感じてみてください。 (和) (11字×176行) ●大津城跡 ▼所在地/大津市浜大津▼アクセス/JR琵琶湖線「大津」駅から徒歩約15分▼問い合わせ/大津駅観光案内所TEL077(522)3830 ●坂本城址公園 ▼所在地/大津市下阪本3丁目1▼アクセス/JR琵琶湖線「大津」駅からバス、「下阪本」下車徒歩約3分。京阪石山坂本線「松ノ馬場」駅から徒歩約10分▼問い合わせ/坂本観光案内所TEL077(578)6565 ●長浜城(長浜城歴史博物館) ▼所在地/長浜市公園町10-10▼アクセス/JR琵琶湖線「長浜」駅から徒歩約5分▼開館時間/9時〜17時(入館は4時半まで)▼休館日/年末年始▼入場料/大人410円、小・中学生200円▼問い合わせ/長浜城歴史博物館TEL0749(63)4611 ●彦根城(国宝) ▼所在地/彦根市金亀町1-1▼アクセス/JR琵琶湖線「彦根」駅から徒歩約15分▼開館時間/8時半〜17時▼年中無休▼入場料/大人800円、子ども200円▼問い合わせ/彦根城運営管理センターTEL0749(22)2742 *●大津城は京極高次の城。今は石碑が残るのみ *●坂本城址公園には明智光秀像が立っていた *●天守閣が復元された長浜城。今は歴史博物館として活躍している *●彦根ご当地キャラクター「ひこにゃん」に癒される #17 <新春訪問・インタビュー> 子どもの居場所づくりから地域の「実家」へ つながりが人を育てる 西成チャイルド・ケア・センター 川辺康子さん  日雇い労働者の街として知られている大阪市西成区、そこで「にしなり☆こども食堂」を開いて10年を超えた。子どもだけでなく、地域の人々とのつながりを大切に活動を続けているのが、西成チャイルド・ケア・センター代表理事の川辺康子さんだ。昨年秋には高齢者向けの憩いの家を改修して「にしなり☆つながりの家」をオープン。“地域の実家”としての役割も兼ね備えた拠点を得て、新たな活動へと踏み出した。そんな川辺さんにこれまでのこと、これからのことを聞いた。  10年以上「にしなり☆こども食堂」で子どもたちと向き合ってきました。ここに来る子は最初荒れてることが多い。何で荒れてるのかというと家でしんどい思いをしてるから。彼・彼女たちの持って行きようのない気持ちが“荒れる”ことにつながるんですね。でも食堂に来るうちにだんだん落ち着いてきます。しかし、その子が戻る家は今までと同じ、変わらないんですよ。やっぱり家族の暮らしを地域で支えなあかんということで滞在型の親子支援をやりたいと。それで出てきた構想が「にしなり★つながりの家」なんです。そしてその第一歩として憩いの家を改装して取り組みを始めました。 ―めざしているのはこども食堂とシェアハウスの機能を持つ「にしなり★つながりの家」。4階建ての建物で、親子とも受け入れることができる、いわば地域の実家だ。  建設費用が3億円かかるということで確かに迷いはあります。でも、最初は無理だと思った今の施設の改修費用5000万円も、借金もしましたが、クラウドファンディングや寄付などの協力を得て集めることができました。だから、また一から頑張ってみようと。親も子も、しんどくなったとき安心して駆け込むことができる「実家」のような場所が地域には必要なんですから。そしてその場所を維持し、活動を継続するためにもスタッフの雇用もめざしたいと考えています。 ―地域に根ざした活動を続けるなかで何が必要かを知り、大きな目標を立てた川辺さん。その活動の原点は。  最初は子どもの居場所づくりで、2010年に「あそびの広場」を始めたんです。でも集まってくる子どもは暴れん坊ばかりで、おもちゃなんかもけんかの道具になってしまう。それで、なんでこの子らはイライラしてるんやろ思ったときに、おなかがすいてるのと違うかなと。それでご飯を一緒に食べたんです。そしたらご飯食べたときだけみんな落ち着く。それで、これやって思ったんですね。  そこからこども食堂へと移っていくんです。最初は自分のお金で食材を買ってましたね。割とお金かかった思うんですが、でもデザートの果物にはこだわりました。ちょっと特別感ありますし、果物食べたらホッとしますよね。それで会話が生まれたりして。料理教室もしたんですが、いろんな環境の子がいてるから、憎まれ口きく子がいたり、けんかが始まったり、毎日が波瀾(はらん)万丈でしたね。 ―そんな日常を過ごすなかで川辺さんは一人の男の子に出会う。  ある日、小学校行く前くらいの男の子がこども食堂に来たんです。髪の毛はボサボサで服もヨレヨレ、なにより足の臭いが強烈でしたね。彼は親と住んでいなくて全くの他人である17歳の女の子と共同生活してました。といっても彼女もコンビニで買った食べものを与えるだけで、夜の仕事をしてたしそれ以上の関わりはあまりなかったようです。そんな彼が紆余(うよ)曲折ありながらも何年も食堂に来るようになったんですね。でも私との関係はなかなかうまくいかず、会話といったら憎まれ口みたいなものばかりで。  そんなある日、彼を家まで送っていったんですがグズグズしてるんです。その日は私自身、早く帰らなあかん日で、つい“はよ帰らな家の人心配するから”みたいなことを言ったら、彼は激怒して“あの部屋で一人で寝てる俺の気持ちがおまえにわかるんか”と。けんかみたいになったんです。ただ、そのとき“あんたの気持ちはわからへん、でもこれからの人生、いろいろあると思うけど、それを一緒に考えるためにあんたの隣に私はいてる”と言ったんです。それからですね。会話ができるようになったのは。彼はきっと私の本音が聞きたかったんですね。  この一件があってから、子どもたちは全力でぶつかってきて私にいろんなことを教えてくれるっていうことがわかったし、他の子どもたちが抱えている問題や、その子たちにどんなふうに関わったらいいのが見えてくるようになりましたね。 ―大きな気付きのきっかけになった少年とは10年あまり関わったという。そしてもう一つ、川辺さんには忘れられないエピソードがあった。  子ども食堂を始めるずっと前、西成児童館で勤めていた時のことです。夏休みのお昼、暑いのに家に帰らんと表で待ってて、お水を飲みに来る子がいてたんです。聞いたら母子家庭で母親は仕事でいない。鍵は持たしてくれず、お金もないし、ご飯もつくってくれへんと。そのとき、子どもにつらい思いさせるなんてひどい親やと思ったんです。でも、私も誰かのせいにして、しっかり関わろうとしなかった。  その後、いろんな学びがあって、そうなるにはその家庭なりの事情があったんだと気づいたんです。それで、なんであのときあの子にちゃんと向き合って関われへんかったんかと後悔して。だからこそ、「あそびの広場」を始めたとき、子どもたちがワーッと暴れてても、今度こそちゃんと向き合って関わっていこうって思えたんですね。それもあの時の子どもに教えられたこと。出会いに感謝です。 ―こども食堂での経験を経て地域へと活動を広げていった川辺さん。その視線は未来へと向かう。  西成は他の地域よりひとり親家庭が多いんです。中には問題があるといわれる家庭もありますが、その親たちはけして特別な人ではありません。ただ、日常の何気ない営み、家族でご飯を食べたり誕生日を祝ってもらったりといったことを経験せず育っています。つまり置かれている環境からそうならざるを得ないということが多く、その人だけで解決できるということではないのです。だからこそ地域のつながりのなかでなんとかしたいと考えています。  今はこども食堂を中心に、日本語教室の運営や地域の人に声を掛けてフードパントリーの活動をしています。子どもたちは食堂のないときもここに来ていて、放課後の居場所になっていますし、もうちょっと落ち着いたら朝ご飯も始めたいですね。そして、ここを拠点に、恒久的な建物である「にしなり★つながりの家」という目標を実現するためチャレンジしていきます。 (11字×245行) 川辺 康子さん プロフィル 1966年大阪市西成区生まれ/2001年わが町にしなり子育てネットの子育て支援員就任/2007年西成識字よみかき・日本語教室のコーディネーター就任/2010年こどもの居場所「あそびの広場」を開設/2012年「にしなり☆こども食堂」を開始/2016年「こども食堂ネットワーク関西」代表就任/2017年特定非営利活動法人西成チャイルド・ケア・センターを設立し代表理事就任 西成チャイルド・ケア・センター にしなり★つながりの家 所在地:〒557−0023 大阪市西成区南開2−4−22 TEL&FAX 06(7709)5432 URL:https://n-ccc.org/index.html 西成チャイルド・ケア・センターの活動を支援しよう 月1000円からの継続支援を!  西成チャイルド・ケア・センターでは、西成チャイルドサポーターとして毎月定額を自動で支援できる仕組みをスタートした。安定した支援は活動を充実させ、スタッフの子どもたちとの関わりも増やす。  現在、センターでは「100人のマンスリーサポーター」をめざして呼びかけに力を入れている。詳細・登録はHPから。また自由な金額(500円以上)を寄付できる単発での支援も募集している。あなたの力をぜひ。 西成チャイルドサポーター募集のページ https://readyfor.jp/projects/n-ccc-monthly 単発支援の詳細・申し込みはこちらから→(QRコード) *●さらに高い目標にむけスタートを切った川辺さん *これからの人生、一緒に考えるためにあんたの隣に私はいてる! #18 <新春訪問> 文化も歴史も芸術も なら歴史芸術文化村で文化財修理を見る  昨年3月、ユニークな施設が奈良県天理市に誕生した。その名も「なら歴史芸術文化村」。道の駅でありながら、文化財の修理作業を見学したり、多彩なワークショップに参加できたりするという。奈良の歴史や文化を体感し、食や農を堪能できるこの施設のコンセプトは「『なぜ?』が芽生える。『知る』を楽しむ。」だ。これまでの道の駅の概念を超えた、この施設に足を運んでみた。  JR・近鉄「天理」駅からアプリで予約した直行デマンドシャトルで約10分。到着した「なら歴史芸術文化村」は「文化財修復・展示棟」「芸術文化体験棟」「交流にぎわい棟」「情報発信棟」の四つの棟で構成されていた。今日の一番の目的は、文化財の修復工房を通年公開している「文化財修復・展示棟」だ。  早速、中に入ると明るく広々としたロビーが出迎えてくれた。ギャラリーとも呼べるロビーには自由に閲覧できる書籍や資料、モニターなどが設置されていた。また奥には国宝である薬師寺三重塔の立派な模型が立ち、さらに壁には法隆寺夢殿を描いたタペストリーが掛けられている。もうそれだけで古(いにしえ)の奈良に触れた気分になってしまう。 4分野の工房の 通年公開を実現  さて目的の修復工房。1階には考古遺物修復工房と歴史的建造物修復工房、地下1階には絵画・書跡等修復工房と仏像等彫刻修復工房の4分野の工房が設置されており、専門の技術者による修理作業を見ることができる。  この日は、歴史的建造物修復工房で作業をしている宮大工さんが工房外での作業だったので、残念ながらその姿を見ることはできなかった。しかし、保存修理を手がけている多坐弥志理都比古(おおいますみしりつひこ)神社本殿の建設具材を並べている工房内の棚が、今まさに修理が進んでいることを彷彿とさせた。  これまで一般の人の目に触れることがなかった文化財の修理現場。その4分野の修復工房を日本で初めて通年公開するというのだから、この施設の本気度がわかる。技術者が不在の時以外は、修理作業をいつでも無料で見学できるのだからうれしい限りだ。  時間に制限もなく見学できるが、もっと詳しく知りたい人には毎日1回開かれる解説付きの修復工房見学ツアー(当日受付、先着10人)がおすすめ。ツアーでしか入ることができない場所から作業の様子を見ることができる。また週末や祝日にはワークショップ(詳細はホームページで)も開かれている。他にも地下1階の展示室では年数回、奈良の文化財を紹介する企画展も開いているので、要チェックだ。 大人も子どもも アートに触れ交流  次は「芸術文化体験棟」、こちらはまさに体験型施設だ。“アートを楽しむ”をコンセプトに、身近にある素材を使い遊びを通してアートに触れる、幼児向けアートプログラム「そざいきち『つむ、ならべる、つながる』」を開いたり、アーティストを招き、制作風景の公開や作品展示をはじめ、ワークショップやトークイベントなどさまざまな交流プログラムを開いている。  またホールもあり、ここでは各種芸術団体などの発表会やコンサートの他、なら歴史芸術文化村主催のトークイベントや音楽、伝統芸能などの体験教室を開いている。  芸術文化を体験する機会を提供し、子どもから大人までアートに触れ、楽しみ、交流できる施設となっている。 名産品から情報まで 道の駅の機能充実  もちろん道の駅としての機能も完璧だ。「交流にぎわい棟」では、奈良産の季節の野菜や果物などをはじめ、柿の葉ずしや奈良漬けなどの名産品が並ぶ直売所「にぎわい市場」を中心に、奈良の伝統工芸品を販売する「文化村工芸品館」やレストランを展開。連日多くの人でにぎわっている。2階の多目的室と実習室では定期的に講座や料理教室などが開かれており、交流施設としても活躍している。  他にもシャワー室やレンタサイクルを備えたサイクルステーション、そして観光や道路の案内に加えて奈良の歴史文化や芸術の情報を発信する「情報発信棟」もある。この「なら歴史芸術文化村」で文化財や芸術に触れて奈良を体感するのもよし、ここを拠点に古都をめぐり奈良の魅力を発見するもよしだ。訪れる人の五感を刺激してくれるこの施設にぜひ。(ぴ) (11字×138行) なら歴史芸術文化村 ▼所在地/奈良県天理市杣之内町437−3▼アクセス/JR桜井線・近鉄天理線「天理」駅から直行バスまたは直行デマンドシャトル(https://travel.willer.co.jp/maas/mobi/nara/?mid=1467)▼入館料/無料、ただしイベントによって有料の場合あり▼開館時間/9時〜17時、レストランは20時まで、にぎわい市場と文化村工芸品館は18時まで。また情報発信棟トイレと授乳室は24時間▼休館日/月曜日(祝日の場合は翌平日休館)、ただし交流にぎわい棟は営業。情報発信棟はトイレをのぞき12月28日〜1月4日休館▼問い合わせ/TEL0743(86)4420(代表)、URL:https://www3.pref.nara.jp/bunkamura/ *薬師寺の塔の立派な模型が来館者を迎えてくれるロビー *いつでも見学できる文化財修理作業(イベント以外は工房内は立ち入り不可) *幼児向けアートプログラムでは、身近な素材を使い、遊びながらアートに触れる <文化> 初の本格TVアニメ 『鉄腕アトム』60周年 日本アニメの歩みを見る  10万馬力の少年ロボットが、白黒テレビの中を縦横無尽に飛び回り、七つの力で悪漢をなぎ倒す。当時の子どもたちは熱狂して、その姿を見つめた。日本で初めてのテレビ用連続長編アニメとして、『鉄腕アトム』がお茶の間に登場したのは1963年1月1日だった。放送開始の1年後には視聴率40%を超え、アニメとしての最高視聴率とされている。  政府によるクールジャパン戦略などと相まって、アニメが日本文化の入口として海外に知られるようになり10年以上が経つ。欧州では日本に興味を持つきっかけの75%がアニメ・マンガ・ゲームだったとの調査もあり、その影響力は大きい。 大正時代に アニメ映画第1号  日本でアニメが初めて作られたのは大正時代の1917年で、短編のアニメ映画『凸坊新畫帖(でこぼうしんがちょう) 芋助猪狩の巻』が第1号とされる。残念ながら当時の画像は現存しないが、同時期に作成された『なまくら刀』は「日本アニメーション映画クラシックス」のサイトから無料視聴ができる。  当時は映画館で短編作品が公開されており、アニメ先進国だったアメリカから輸入されるアニメとの競争を繰り広げながら、制作方法も切り絵や影絵、色セロファンを活用するなど試行錯誤が続けられた。しかし、水準が高いディズニーなどの海外作品が映画館では主力となった。 戦争がアニメに 与えた影響  1939年に始まった第2次世界大戦は世界のアニメにも影響を与え、海外からの輸入が制限されることとなった。同年に制定された映画法では、娯楽的な要素が極力排除され、上映の許認可制や事前検閲などを通じて国策・軍国主義をうたった映画を製作させられることとなる。また、アニメの分かりやすさに注目した海軍の資金提供を受け、真珠湾攻撃をモデルとした『桃太郎の海鷲(うみわし)』など、戦意高揚に向けた作品が軍の潤沢な資金のもとで作成された。 『白雪姫』のヒットと 『白蛇伝』の完成  終戦を迎えると、アニメ映画の輸入も再開され、1950年にはディズニーによる長編カラーアニメ映画の『白雪姫』が公開された。その水準の高さから日本でも爆発的なヒットとなった。映画館での上映が一巡した後は地方自治体やPTAによる学校などでの上映もあり、数多くの国民が視聴したとされる。  このヒットを受け、東映動画が日本初の長編カラーアニメ作品の制作を開始し、1958年に『白蛇伝』を完成させた。白蛇伝は作画に7カ月を要し、4千万円を超える費用がかかった。当時の映像業界では「日本のアニメ作品は長い制作期間と高額な費用がかかる」ということが一般的な扱いとなっていた。 手塚治虫が 進めた省力化  そうしたなか、手塚治虫は「1本55万円でいいです」と『鉄腕アトム』のアニメ化を破格の値段で受けた。このことは後に「アニメ制作者の労働環境を著しく悪化させるきっかけになった」と、さまざまに批判をされることとなった。しかし、従来のアニメとは異なり、30分だと1万5千枚程度だった作画数を10分の1とし、口だけをパクパク動かしてセリフと音楽を付けることで完了させるなど省力化を進め、現在の日本アニメの手法の一つとなった。  また、『鉄腕アトム』は日本では初めて商品化権の概念を確立させ、制作費用の不足をロイヤリティ収入で補うなど、現在まで続く商品展開のビジネスモデルともなった。  天馬少年の交通事故から誕生したアトムは、ロボットであるがゆえに創造した父から捨てられ、人間の迫害を受けながらも、人間の敵を倒す悲しい宿命を持つ。科学と人類の共存を描いた本作誕生から60年、いまも日本アニメは世界で多くの人に愛されている(K) (11字×131行) *『鉄腕アトム』の生みの親、手塚治虫の記念館が歌劇の街である宝塚に建っている #19 <エッセイ> 近頃の「先生」方と愚かな国民 三枝のんこ  軽い世の中になった。舌禍で更迭された法務大臣。「先生」と、もてはやされるうちに心が弛緩(しかん)してしまったのか。自民党の派閥パーティなどで「法務大臣は朝、死刑のハンコを押す。ニュースのトップになるのはそういう時だけという地味な役職だ」「旧統一教会問題に抱きつかれてしまい、解決に取り組まなければならず、私の顔もいくらかテレビに出るようになった」、「法務省と外務省は金と票に縁がない」などの「迷言」。  笑いになり得ないものをネタに「どうじゃ」と悦に入(い)ってたのか。金と票に加えテレビでの顔見世にも執着していたのか。国の行く末を託された票を裏切る、見当違いの素顔を衆目が知るところとなり、想像力なく品性もない等身大をあらわにして墓穴を掘った。  「東大出身」を背中に、学歴にすがって生きること自体が間違いのもとなのに、気づかない愚かさ。学歴で人格が裏打ちされているわけでもあるまいに。旧統一教会問題の正念場の判断などできそうにない器だった。  国会議員の劣化が進んでいる。山際前経済再生相や「答弁を控える」のが十八番(おはこ)の杉田水脈総務大臣政務官など、世間に赤っ恥をさらしていることに気づかない裸の王様たち。  これには先鞭(せんべん)をつけた人物がいた。「お花見問題」や「財務省の改ざん問題」などの追及を木で鼻を括(くく)ったようにはぐらかし、国会を手玉に取ったアベ。自らの言葉を持たず原稿を読むだけでは、人の心に何も届かない。以降、この手法が閣僚たちの答弁スタイルとなり、自らの説明責任から逃げ続ける悪弊を残し、国民もそれに慣らされた。  アベの責任は重い。それを真似る「先生」方も同罪で国会を貶(おとし)めた。しかしアベの「国葬」は強行された。人が死ねば、その足跡は美化されることが多いが、国民の「なぜ国葬か」の問いに答えないまま、曖昧模糊(あいまいもこ)の中で大切な税金が水に流された。「ごまめの歯ぎしり」、無力感が残る。  「先生と言われるほどのバカじゃなし」という庶民の皮肉な言葉をご存じない? 「先生」の呼びかけには尊敬の念でいう意味と、尊敬するふりだけの意味がある。  「先生」と呼ばれてふんぞり返る特権意識や、地位や立場を利用して利権を得、名誉欲を満足させる「政治屋」もいる。志なく国会を就職の場と心得て、採決時の頭数としてだけ機能する輩(やから)もいるだろう。種々雑多な魑魅魍魎(ちみもうりょう)が国会をにぎわし、まともな議員なんてどれくらいいるのだろうと疑心暗鬼になることも。名もない一庶民としては腹立たしい限り。  国会議員は、よほど自らを戒める覚悟がないと人間が劣化する。百鬼夜行のような現在の国会は一体どうなっていくんだろう。国民の目を恐れもしない「先生」方だが、選挙運動という正念場では異なる顔を見せる。  選挙に落ちて「ただの人」にならないために、死に物狂いで手放したくない議員の肩書だ。要(かなめ)は後援会組織と支持してくれる有権者への訴え。選挙民に、にこやかに駆け寄り握手する。心に響く言葉も覚悟もなく平身低頭。誰が発しても同じの金太郎飴(あめ)の言葉。最終日には絶叫して土下座までする輩(やから)も。  情けなさすぎる。だから当選の暁には卑屈の衣を脱ぎ捨て傲慢(ごうまん)の本性を露(あら)わにするのだろう。票欲しさに怪しい団体だと分かっていても、節操なく悪魔とでも手を結ぶ、選挙民をバカにする連中を引きずり下ろすには、やはり選挙しかないのだ。  政治家の劣化は、国民性の劣化と正比例している。人を追い込み自殺へと追いやるSNSの影も深刻だ。人々が孤立する今を反映しているのか、生身の人間に触れない仮想空間での匿名の無責任さ、ひとはなぜこれほどの「袋だたき」を平然とできるのか?越えてはならない一線を倫理として持ちあわせていないのか?人間の質が低下しているのではと、ふと思うのだ。私たちはなぜ怒らないのだろう。  組織はもちろん、社会のあらゆるレベルで同調へのソフトな強要がある。吉本的「笑いの押しつけ」にもその一端を感じる。わざとらしい面白さでなく、腹の底から湧きあがるホントの笑いを笑いたい。社会への関心薄く、不条理への拒否もせず、出る杭(くい)にならずに「みんな一緒に」と真綿で首をしめるように、人と異なることを回避する空気はクソくらえ。  アメリカで、Z世代と言われる1990年代後半から2010年代前半に生まれた若者世代への命名らしいが、彼らの自由な思考のフラットさが今回の中間選挙で民主党の健闘に影響したと報じられている。ウクライナ危機、気候変動、食糧危機などかつての枠組みが変化する時代に私たちは立ち会っている。どんな目線や考えで新たな時代をとらえていくのか、「私たちこそ主権だ」の思いを高く掲げ投票したいものだ。 (11字×178行) <体験> 堺 刃物の町で研ぎ・柄付け体験 伝統工芸にふれ研ぎ方を学ぶ  大阪、堺では包丁や刀など鍛冶産業が有名だ。堺では刃物の製造を分業で行っており「鍛冶」「刃付」「柄」などで、それぞれ職人が腕をふるっている。  今回はその中の仕上げの「研ぎ」と「柄付け」を体験する。「研ぎ」の技術は自宅でも活用できるはずという期待をもって訪れた。場所は堺の刃物業者が多く集まる所にある「道具屋 和田商店」。堺包丁を数多く扱うこの店では、職人による指導のもと、和包丁づくり体験ができる。 堺刃物を知る  店に到着後すぐ、近くの「刃物ミュージアム」を見学。そこで、堺包丁の歴史や作り方の工程、刃物の種類などを知ることができる。 包丁の研ぎ直し  店に戻り研ぎ体験を行う準備をする。作業着を羽織り、屋号入りの前掛けを付ける。さっそく刃付け職人の方に指導してもらい包丁の研ぎ直しのレクチャーを受ける。 ■切れない包丁とは  用意された使い古した切れない包丁を使って、切れない刃の断面はどうなっているのか詳しく教えてもらう。研がれて切れる包丁は歯の断面がギザギザしていて、切れない包丁はツルリとしていると知り、逆と思っていたため驚く。板に刃をあててすべるとダメで、少し抵抗がある状態を良しとすると教わった。他にも新聞紙に刃をあてて切れるかもチェックした。 ■砥石で研ぎ直し  まずは、その切れない包丁を使い、研ぐ練習。あらかじめ水に浸してある荒砥石(といし)(#220)を使い、表側から研いでいく。  持ち方を教わり、数を数えて、包丁に軽く角度を付け、ずらしながら全体を研ぎ、裏面にして同様に研ぐ(片刃の時は表面のみ)。板にあてて研げているかチェックし、足りなければ研ぎ足す。研ぎ終えたら刃先にバリのような「カエリ」が付くのでそれを軽く研いで取る。  続いて砥石を中砥石(#1000)にかえて先ほどと同じように研ぎ、よく切れる刃にしていく。  板に刃をあててすべるかチェックする、先ほどより滑らなくなっているということは、上手く研げたということだ。  練習を経て、あらかじめ自分用に選んだ名入りの包丁を使い、さあ本番。練習と同じように研ぎ、最後に新聞紙に刃をあてるとするりと切れるのを確認した。 包丁の柄付け  柄をつけるため、包丁の中子(ハンドル部)をバーナーで熱していく。熱い方が柄に入りやすく抜けにくくなるそうだ。  柄に、熱された包丁の中子を差し込み、柄の後ろ側を木槌(こづち)でたたくと、少しずつ包丁が柄の穴に入っていく。不思議な感覚だ。最後に曲がっていないかを職人さんにチェックしてもらえば完成。  名入りの包丁は持ち帰ることができ、もちろん日々の暮らしで使える。研ぎ方も教わった。これで包丁のメンテナンスもできるはずと意気揚々と引きあげた。 (歩) (11字×104行) 道具屋 和田商店 ▼所在地/堺市堺区神明町東1−1−1▼アクセス/阪堺線「神明町」駅から徒歩2分▼体験人数/2人から最大15人まで可▼料金(体験料+和包丁代)/9800円(税込)▼体験時間(研ぎと柄付け)/60分〜90分▼体験可能和包丁(選べる和包丁)/三徳包丁、ペティ包丁、出刃包丁、刺身包丁▼包丁への名入れは無料(漢字のみ)▼問い合わせ/TEL072(232)1886▼メール:info@sakaiwada.com URL:https://www.sakaiwada.com *●柄の後ろから木槌で叩くと包丁が入っていく *●職人さんに刃をあてる角度を教わり研いでいく *●完成した名前入りの三徳包丁とペティナイフ #20 <ルポ> 生きている建築を巡る 日本の高度成長期を支えた建築物  かつて大正から昭和初期にかけて大阪は“大大阪(だいおおさか)”と呼ばれていた。その頃の大阪は、日本の経済・文化の中心地であり、人口・工業出荷額とも日本一と、当時の東京を凌(しの)いで世界有数の大都市としての栄華を誇っていた。そんな時代に次々と誕生したのが、今も残る有名企業。それらの企業の発展に伴い優秀な人材が集まり、建築分野でも多くの名建築が生まれた。  今回は、そんな名建築と呼ばれる建物の中から、高度成長期(1950年〜)に誕生し、今も街に溶け込みながらも個性を放っている建築物を紹介する。 @ 新桜川ビル  道頓堀川付近の阪神高速のカーブに沿うようにバウムクーヘンのような不思議な形をした建物。名前にビルとあるが低層部に店舗や事務所を配した「併存住宅」というもの。2015年に現代的にリノベーションされ、カフェやレンタルスタジオなどが入っている。 A 船場センタービル  Wせんびる”の愛称で親しまれているビル。高速道路の高架下にあるため、ビルというには一瞬戸惑ってしまうが、テナントや事務エリアなどがある立派なビルだ。  70年大阪万博に向けた高速道路網整備のなか、ビルの上に道路を載せるという大胆なアイデアが採用された。全長が約1`もあるのも特徴。 B 輸出繊維会館  一見すると静観なオフィスビルだが、目を凝らして見ると整然と並ぶ窓枠のアルミサッシの角が丸い。レトロな中にも未来感のあるデザインで品位すら感じる。  建築・内装は、梅田換気塔を作った村野藤吾が担当。またエントランスには堂本印象の大きな壁画が飾られている。 C 浪花組本社ビル  個性的な商業施設が並ぶミナミの繁華街に、異彩を放つビル。複雑で立体的な見た目だが、これも村野藤吾の設計。特徴的なモチーフの繰り返しはおもちゃのブロックを積み上げたようだ。  ビルは老舗の左官会社の社屋、今も補修を重ねながら現役続行中。 D 通天閣  観光名所として有名な通天閣。これも名建築と言ってもよいだろう、今建っているのは二代目。初代は昭和18年に火災にあい、戦時中の鉄材供出で解体撤去された。戦後になり地元の人々が再建を計画、出資を行い復活したのが今の通天閣。まさに戦後復興から未来に向かう元気のシンボルとなった。 名建築は未来への メッセージ  今回は一部を紹介したが、まだ大阪には名建築がたくさんある。建築物は多くの人や街が関わってできている。ただ古いから名建築というわけではない。その時代の最先端の建築技術、デザインを未来に残そうと、大勢の人々が考え、努力し建てられた、それが名建築ではないだろうか。  これからも街とともに生き、しっかりと溶け込んでいる名建築を探していきたい。 (ぷ) (11字×98行) <新春訪問> 堺市総合防災センター リアルな体験で防災対策を実感  2022年4月、堺市美原区に「堺市総合防災センター」がオープンした。消防職員・団員の教育・訓練だけでなく、地域防災を担う人材の育成を目的としており、来館者はさまざまな体験プログラムや展示を通して学習できる。その施設に小学3年生の息子とともに訪問した。  一般の個人訪問者向けには「真・体験コース」と「キッズコース」の二つのコースが設けられている。キッズコースは未就学児向けで、怖くない体験だけを集めた内容になっている。両コースとも1日6回開かれており、真・体験コースは約1時間半、キッズコースは約1時間の行程だ。電話で事前予約し、真・体験コースに参加した。  真新しく広い駐車場に車を停めると、正面でハシゴ消防車を使って高所訓練が行われていた。入口のすぐ右には自由に乗って写真撮影できる消防車が。建物に入ると子ども用の消防服も。これを着て消防車に乗って写真を撮ればちびっこ消防士だ。子連れにはとてもうれしいサービスだ。 六つの体験で防災意識を高める  体験は六つの内容で構成されている。まずは災害についての映像学習。阪神・淡路大震災や東日本大震災の映像に、あらためて災害の怖さを実感。また、阪神・淡路大震災で倒壊家屋から救助された方のほとんどは家族や近隣住民に助けられたという。自助・共助の大切さを再認識する。  続いては応急救護の体験。心肺蘇生法とAEDに関する講習だ。昔は人工呼吸とマッサージを交互に行うと教わったが、今はまずは胸骨圧迫、いわゆる心臓マッサージを優先するよう変わっていた。初めて体験した息子は心臓の位置が左胸でなく中央であることに、また圧迫にかなりの力がいることに驚いていた。  続いては地震体験。地震に遭遇する映像を見ながら震度7の揺れを体験する。震度7の揺れは、まっすぐ立っているのが難しいほど。その揺れがどれほどの被害をもたらし、また倒れ防止などの対策のありなしで、どれぐらい被害が変わるかも映像で学べた。備えの大切さをまさに身をもって知ることができる。  次に行ったのは消火体験。実際に使うことなどほとんどないであろう消火器。一度経験をしておくといざという時に安心だ。炎ではなく燃えている物体を狙い、また油の場合は燃えている脂が飛び散らないよう奥の壁や天井を狙って粉を油に積もらせるようにするのがコツだとか。  消火の後は避難の体験。実際に煙が立ち込める部屋を身を低くし、ハンカチなどで口と鼻をふさいで進む臨場感は、誰もが真剣にならざるを得ないほどのリアリティ。少しでもきれいな空気を探しつつ、素早く逃げるのがいかに困難か、身をもって理解できるだろう。暗闇の部屋では、手を動かして壁を探して伝いつつ、互いに声を掛け合いながら協力することが必要になる。  そして最後は防災情報の学習。「謎解きシート」を使って子どもから大人まで楽しく学べるよう工夫されており、子どもも積極的に展示パネルを読んでいた。今すぐ行うべき具体的な備えも多数示されており、もっと備えておく必要があるとあらためて学んだ。  すべてのプログラムを終えると修了証書のカードをもらえる。裏面が消防車のカードになっており、来るたびに種類が変わるそうだ。  あっという間の1時間半。楽しみながら災害の恐怖とその対策を学ぶことができた。工夫がいっぱいの防災センター。一度は家族で訪れたい施設だ。 (和) (11字×128行) インフォメーション ▼所在地/堺市美原区阿弥129−4▼アクセス/南海高野線「初芝」駅からバスで10分。「船戸下」停下車▼開館時間/9時〜17時15分▼休館日/月曜日(祝休日の場合は翌日)、第3火曜日、年末年始▼入館料/無料▼体験コース/予約優先、1人から参加可、予約は電話またはFAXで▼問い合わせ・予約/堺市総合防災センターTEL072(363)2225、FAX072(363)2228 *●心臓マッサージはかなりの力で圧迫しなければならない *●避難生活を再現。心が休める状況でないのが伝わる *●子どもも喜ぶ消防車に乗っての記念撮影 *●具体的な備えも描かれているパネル #21 <新春訪問> 古代湖「琵琶湖」を知る 滋賀県立琵琶湖博物館  「琵琶湖」と聞けば何を思い浮かべますか?「日本一大きい湖」「ビワコオオナマズ」、関西の人なら「近畿の水がめ」と思い浮かべるでしょう。  その「琵琶湖」ですが成立はおよそ440万年前と言われ、世界有数の古代湖です。琵琶湖の始まりは現在の三重県伊賀市付近にあった浅い湖でした。その後鈴鹿山脈の隆起などで形を変えながら移動、現在の位置に湖が定着したのは旧石器時代の末ごろだそうです。また琵琶湖と同様の古代湖は世界で20カ所程度しかありません。  そんな日本で唯一の古代湖である琵琶湖を紹介しているのが滋賀県立琵琶湖博物館です。どんな博物館なのか訪ねてみました。 生い立ちから現在まで  館内の展示は琵琶湖の生い立ちから始まり、人々の生活と暮らし、そして現在の琵琶湖についてと大きく三つに分かれており、最後に琵琶湖に生息または関係する魚が展示されています。  古代ゾーンでは180万年前の水辺の様子を現しています。その頃生息していたアケボノゾウの親子が水を飲んでいる姿を再現し、周辺から発掘された生き物の化石も展示されています。  人々の暮らしゾーンでは、縄文時代の生活や当時の漁の手法などを紹介。丸子船、風景画、地図、農業用水のくみ上げ機械といった展示品から、人びとが琵琶湖という環境とどう関わり、ながめ暮らしてきたのかを知ることができます。さらに琵琶湖周辺で伝わってきた伝統行事のもとになっている「宮座」も紹介しています。  最後の展示室では、現在の暮らしにつながる生き物に焦点をあてています。琵琶湖固有の生き物をはじめ、日本、そして世界中の多様な生物と人間との「つながり」について紹介しています。 一番人気は魚がいる水槽  一番人気があるのは水族展示室で、琵琶湖に生息している魚が工夫を凝らした水槽で飼育されています。人気のビワコオオナマズは日本の固有種で、日中は大きな岩場などに隠れていますが、運が良ければ泳いでいる姿を見ることができます。他にも、琵琶湖に生息している魚に関連した世界の魚なども展示されています。また隣接する保護増殖センターでは、レッドデータブックに掲載されている種や国指定天然記念物に指定されている種の系統保存と研究をしています。  琵琶湖博物館には、草津市の水生植物公園みずの森が隣接しており、博物館と違った琵琶湖の水辺を楽しむことができます。日本唯一の古代湖である「琵琶湖」を知るきっかけとなる琵琶湖博物館、一度訪れて下さい。(狛犬) (11字×95行) 滋賀県立琵琶湖博物館 ▼所在地/滋賀県草津市下物町1091▼アクセス/JR琵琶湖線「草津駅」から近江鉄道バス(琵琶湖博物館行き)で約25分▼開館時間/10時〜17時(入館は16時まで)▼休館日/月曜日(休日の場合は開館)▼観覧料/大人800円、高・大学生450円▼問い合わせ/TEL077(568)4811、URL:https://www.biwahaku.jp *●運が良ければ泳ぐ姿が見られる固有種、ビワコオオナマズ *●180万年前のジオラマや骨格標本で古代へタイムスリップ *●琵琶湖水系の多様な生き物を実物標本で展示 <情報> 情熱と英知で成功 ドラマとなった大阪の企業人  豊臣秀吉の時代より天下の台所と呼ばれ、活気にあふれていた大坂。町では合理精神のもと独立心を育んだ数多くの商人が商いを営み、同時に官に頼らないまちづくりで商人の町を支えてきた。  そんな大阪ならではの企業精神を受け継ぎ、さらなる発展に寄与したのが明治から昭和に掛けて現れた企業家たちだ。なかにはカリスマとも呼ばれるほど人々に影響を与えた人物も。そんな彼らの生き様は小説やドラマにもなっている。ここではドラマに取り上げられた企業家を紹介したい。 広岡 浅子 (1849〜1919)  明治の女性実業家。大同生命の創業者でもある。京都の三井家から大阪の加島屋に嫁いだが、商家の風習に疑問を持ち簿記や算術を独学で学んだ。その後、明治維新の動乱で傾いた家業の立て直しに奔走、次第に実業家としての手腕を発揮する。その実力は炭鉱ビジネスの成功や加島銀行の設立などに現れた。  また女子教育の必要性を痛感していたことから日本女子大学校創立に尽力し実現。社会運動家としても活躍した。 ▼NHK連続テレビ小説『あさが来た』(2015〜16年)、他 吉本 せい(1889〜1950)  現在の吉本興業の創業者だ。荒物問屋を営んでいた夫の泰三は商売より芸事好きだったことから、廃業したのを機に寄席経営に乗り出した。  せいは最初営業補佐役だったが抜群の才覚を示し経営中枢の一角に。寄席のチェーン展開や芸人の専属制導入などで成功を収めた。そして夫が夭逝(ようせつ)した後も見事に事業を継承し、希代の女興行師と呼ばれた。芸人の生活の安定のため当時珍しかった月給制も導入している。そして客サービスの旨(うま)さで経営手腕を発揮し、お笑い界の巨人・吉本興業の基盤を築いた。 ▼NHK連続テレビ小説『わろてんか』(2017〜18年)、他 小林 一三(1873〜1957)  阪急電鉄をはじめとする阪急東宝グループの創業者。資金難で破綻寸前だった「箕面有馬電気軌道」計画を、沿線の分譲住宅地開発で鉄道需要を創出し見事実現させた。またターミナルにはデパート、郊外には少女歌劇(現・宝塚歌劇団)と、商業施設や娯楽施設を配することで鉄道事業との相乗効果を生み出した。これが私鉄多角経営モデルとなり全国の大手私鉄が追随、市民の生活スタイルにも大きな影響を与えた。茶人、美術収集家としても大成している。 ▼NHK放送90年ドラマ『経世済民の男 小林一三〜夢とそろばん〜』(2015年) 鳥井 信治カ(1879〜1962)  サントリーの創業者。失敗を恐れず挑戦することを重んじる“やってみなはれ”の精神で事業を展開。日本人の味覚にあう葡萄(ぶどう)酒「赤玉ポートワイン」や、日本人には不可能と言われていた国産ウイスキー「白札」などフロンティア製品を生み出した。また独創的な宣伝で市場開拓をしており、1922年に発表した国内初の「ヌードポスター」には大きな反響があった。  この“やってみなはれ”の創業精神はいまなお健在で、現サントリーホールディングス(株)の社風となっている。 ▼テレビ東京『日経ドラマスペシャル 琥珀の夢』(2018年) 安藤 百福(1910〜2007)  日清食品の創業者。世界初のインスタントラーメンを発明した。頼まれて理事長となった信用銀行が破綻し裸一貫になったとき、思いついたのが家庭でも簡単に作れる即席ラーメンの開発だった。自宅の庭に小屋を作り研究に没頭、お湯をかけるだけで食べられるラーメンを完成させた。これが袋入りインスタントラーメンの「チキンラーメン」。1958年に発売を開始した。後年、視察のため訪れたアメリカでの経験をヒントに生み出したのが、カップ麺「カップヌードル」だ。これが新しい食文化として根付き、いまや世界中に広まっている。 ▼NHK連続テレビ小説『まんぷく』(2018年)、他  他にも松下電器産業の松下幸之助や竹中工務店の竹中籐右衛門、江崎グリコの江崎利一など、日本の企業をリードし、社会の礎を築いてきた人物がきら星のごとく大阪には存在していた。時にはそんな人物のバイタリティや生き様に思いをはせ、今の日本社会を見つめる機会にしてはどうだろうか。(ぴ) (11字×151行) *●小林一三がかつて暮らした邸宅、今では彼の歩みや実績を紹介する「小林一三記念館」だ *●池田市のカップヌードルミュージアムの前に立つ安藤百福の像 #22 <健康> 体のツボを知って 凝りや痛みなどトラブル解消 ツボが不調改善に なぜ効くの?  ツボは古代中国で生まれた治療法。東洋医学では2000年以上にわたり、ツボを利用した治療が行われてきました。その効果はWHO(世界保健機関)も認めるところです。  ツボ治療の基本には「経絡(けいらく)」という考え方があります。東洋医学では、人の体には経絡という道のようなものがあり、「生命エネルギー」の通り道になっていると考えられています。  経絡の流れがスムーズだと、体のバランスが保たれ、健康でいられます。しかし、その流れが滞ると体のバランスが崩れて、不調を起こしたり病気になったりすると言われています。  主要な経絡は14本あり、それぞれが特定の臓器と深い関係にあります。このルート上にあるのが「ツボ」です。ツボとは皮膚にある特定のポイントで、生命エネルギーの出入口とされています。  ツボと臓器はつながっているため、臓器が不調になれば、それと関連するツボも「押すと痛い」「色が変わる」「硬くなる」といった異変が起こります。東洋医学では、この関係を利用して、外からは見えない臓器の異変を診断したり、ツボに刺激を与えて筋肉の凝りや痛み、内臓の不調、疲労やストレス症状などのトラブルを改善したりするのです。 手と足に集まる 重要なツボ  ツボは全身に点在していますが、中でも手(ひじから先)や足(ひざから下)には、いろいろな不調の改善に役立つ「万能ツボ」がたくさんあります。  デスクワークが多くて運動不足となり、緊張やストレスにさらされることが多い現代人は、頭に血液が集まりがち。血流も悪くなり、頭が重い、目が疲れる、肩が凝る、のぼせる、目がギンギンになって眠れない、といった症状が起こりやすくなります。一方、下半身には水分が落ちていき滞りやすくなります。そして足が重い、むくむ、冷える、腰が痛いなどの不調が出てきます。  毛細血管が集まっている手足にあるツボは、いつでもどこでも押すことができる手軽なツボです。覚えておくと安心です。(知) (11字×77行) <暮らし> 大阪の発展めざして Osaka Metro Groupの取り組み 都市型MaaS構想「e METRO」 都市型MaaS構想 「e METRO」の概要  Osaka Metro Groupは、移動から各種サービスまで、全てがつながった事業活動を通じて大阪の活性化へ貢献することなどをめざし、「都市型MaaS構想」の実現に向け取り組んでいる。愛称は「e METRO(イーメトロ)」。その内容や今後の展望について担当者に話を聞いた。  Osaka Metro Groupが取り組んでいる「e METRO」では、既存の鉄道・バス事業の進化に加え、移動の目的となるさまざまなサービスを交通と組み合わせて一体的に提供し、大阪のまちづくりへ貢献することをめざすとしている。  まず事業活動を図のように4層に分類し、それらと高度なDX(Digital Transformation)を組み合わせ、新たな事業などを展開する。  第1層は、既存の鉄道・バスの着実な運行の維持や、安全・安心と快適性・利便性の拡充としている。ホームドアの設置や顔認証改札機の設置などが検討されている。  第2層は、移動のパーソナル化として、現在実証実験をしている「オンデマンドバス」など、多様な交通手段のシームレス化が進められている。  第3層は、生活・都市機能の整備として、乗継ハブなどの交通結節点を拡充するとともに、駅や駅周辺での各種サービス・施設を展開することになっている。  第4層では、サイバー空間において顧客データを基に、お客様一人ひとりへ直接届くサービスを多重的に積み上げることとしている。  この4層の取り組みにより、交通と生活サービスの全てをつなぐことをめざしている。  また、2022年11月にはアプリ一つで移動から生活サービスの予約・決済が完結する一体的なサービスの提供をめざして「e METRO」アプリがリリースされた。  このアプリでは乗換検索やオンデマンドバスの予約、モバイルチケットの購入、運行情報やお出かけ情報の配信などを提供しており、今後も新たな機能が追加される予定だ。 アプリと連携し 新事業を展開  都市型MaaS推進本部の担当者に今後の展望について話を聞いた。  「e METRO」の根幹である四つの層の事業をさまざまに組合わせ、また「e METRO」アプリとも連携を図り、「新事業をより具体化し展開していく」とし、これらの取り組みにより「大阪のまちの発展に寄与したい」とのことだった。  「e METRO」によって展開される既存の地下鉄・バス事業の活性化、そしてこれから展開される新事業で大阪の街・生活はどのように変わるのか、今後が楽しみである。 (M) (11字×97行) * MaaSとは  MaaSとは、「Mobility as a Service」の略であり、従来の交通手段・サービスに自動運転やAIなどのさまざまなテクノロジーを掛け合わせた、次世代の交通サービスである。MaaSが普及することにより、ユーザーの利便性が高まるだけでなく、都市部の交通の混雑の解消や過疎地域や高齢者などの交通弱者対策といったさまざまな問題解決に効果があると期待されている。 #23 <情報> 2022年10大ニュース ウクライナに軍事侵攻 ロシアへ非難集まる  2月24日、ロシアが突然、ウクライナに対し軍事侵攻を開始した。ウクライナ政府は非常事態宣言を発令し、戦闘状態となった。欧米諸国はウクライナ支援を表明、ロシアに対し非難を強めるとともに経済封鎖を行った。 アメリカの利上げで 円安止まらず  3月28日、外国為替市場で円が急落、6年7カ月ぶりに1ドル=125円水準に。その後、アメリカがインフレ抑制で利上げを続行、日米の金利差が拡大し円安に歯止めがかからない状態に。10月20日には150円を突破し32年前の水準にまで下落した。 18歳で成人に 飲酒などは解禁ならず  4月1日、民法改正で成人年齢が20歳から18歳に引き下げられた。この改正で、18歳であれば親の同意なしにクレジットカードやローンの契約などが行えるようになった。しかし、健康面から飲酒や喫煙の解禁は20歳と現状維持に。 給付金で支給ミス 1世帯に4630万円  4月19日、山口県阿武町で新型コロナ給付金の支給ミス。1世帯に4630万円を振り込んだ。受け取った住民はオンラインカジノで使い切り返金できないとしたが、町は法的手続きによって、カジノの決済代行業者から4290万円を確保した。 知床で観光船沈没 管理体制の不備判明  4月24日、北海道の知床半島の沖合で乗客24人、スタッフ2人が乗船した観光船が沈没した。これまで20人の死亡が確認されている。運航会社の「知床遊覧船」は2021年にも2度の水上事故を起こしており、事故捜査でもずさんな管理体制が明らかとなった。各方面から社長への非難が集まった。 街頭演説中に銃撃 安倍元首相が死亡  7月8日、参院選の応援で奈良を訪れていた安倍元首相が演説中に銃撃され亡くなった。享年67歳。逮捕された山上徹也容疑者は旧統一教会に恨みを持ち、その広告塔である安倍首相を狙ったとされる。これを機に政治家と旧統一教会の関係が浮上、問題となった。 五輪で汚職事件 元組織委員に賄賂  8月17日、五輪組織委員会の高橋治之元理事がスポンサー企業のAOKIから賄賂を受け取ったとして逮捕された。その後、出版大手のKADOKAWAなどからの賄賂も判明。受け取った総額は1億数千万円と言われている。 大谷選手が大活躍 大リーグ記録を更新  9月1日 米エンゼルス大谷翔平がメジャー史上初の10勝30号ホームランを達成した。8月10日には104年ぶり、ベーブ・ルース以来となる同一シーズンでの10勝10本ホームランを記録したばかりだった。なお、シーズン最終成績は15勝、ホームラン34本。また1901年以降初めて同じシーズンで規定打席と規定投球回に達した。 エリザベス女王死去 英国市民が別れ惜しむ  9月9日、英国のエリザベス女王が亡くなる。享年96歳。エリザベス女王は今年で在位70年だった。9月19日にはロンドンのウェストミンスター寺院で国葬が執り行われ、天皇皇后を含む世界各国の要人2000人が参列した。 韓国で密集転倒事故 ハロウイーンの群衆  10月29日、韓国・ソウルの繁華街、梨泰院(イテウォン)で密集転倒事故が発生。歩行者が折り重なるように倒れるなど、日本人2人を含む158人が死亡、196人が負傷した。ハロウィーン前日の休日で仮装した若者らが集まっていた。 (11字×110行) <パズル> クロスワードパズル<中> のんびり過ごすお正月。クロスワードパズルで頭の体操をしてみませんか。 <タテのカギ> 1 ミルクも砂糖も入れないコーヒー 2 歩道に沿った喫茶店の屋外席 3 公衆に向かいあるテーマで話をすること 4 烏賊 5 氷を砕いて小さなかけらにしたもの 6 だし汁をかけただけの蕎麦 7 自分こそはと意気ごむこと 8 ←→海 9 素麺 10 拳(こぶし) 11 ←→復習 12 知悉 13 道が十字形に交差している所 14 ←→欠点 15 オータム 16 牛乳 17 髪の毛をすく道具 18 素焼きの焼き物 19 互いに心を許し合っている友 20 玉が割れると紙吹雪が散るもの 21 頭の後ろの方の髪の毛 22 手・足の上の方の面 23 通過すること。合格 24 人の用事で目的地に行くこと 25 ←→善 26 リバー 27 複製 28 ←→姪 29 月面の環形の地形 30 花の首飾り 31 同じ割合 32 おしはかること 33 ◯◯◯◯ソース 34 水 35 タイム 36 三塁 37 原油を運ぶ大型船 38 材料を角切りにして煮た料理 39 気持。心持 40 勝って○○○の緒を締めよ 41 文字の美的な書き方を習うこと 42 冬 43 弓矢を命中させる標的 <ヨコのカギ> 1 学芸と武道のどちらにも優れていること 2 牛 3 気のきいた短い物語 6 ○○○ライダー 12 アース 15 光のささない所 17 ベアー 23 力 25 氷 26 大学 27 競走。競争 29 ◯◯野球 36 ほめたたえる言葉 37 禁忌とする儀礼慣習 38 食物などに生じる菌類 39 牛 40 ショルダー 44 動かし始めること 45 土筆 46 気だて。気性 47 歩行 48 一国内で通用が認められる貨幣 49 百合 50 ロックンロールとヒルビリーを合わせた音楽 51 ウエスト 52 思いもよらぬほど奇抜なこと 53 言葉で伝えたもの。伝説 54 カープ 55 必ず見なければならないこと 56 心に思い浮かべる像、情景 57 サタデー 58 ←→ノン 59 川の岸に沿って土を高く盛り上げたもの 60 笑う○○には福来たる 61 にせもん、まやかし 62 明るさの単位 63 街 64 日本の通貨単位 65 容姿、見た目 66 荷台を傾け、荷を一度に降ろせるトラック 67 才能。技量 68 百獣の王 69 中継すること 70 空 71 碁または将棋を職業として行う人 72 会の進行を受け持つ人 73 おばけ *■AからQまでの文字をつなげると… #24 <えと> 守りたいキュートなウサギ 意外と知らないその生態  ふわふわの体やぴょんぴょん跳ねる動きが愛らしいウサギ。学校や幼稚園で飼育されていることも多いほか、昔話や童話に登場したり、ミッフィーやピーターラビットなど世界的に有名なキャラクターのモチーフにもなっている。身近で親しみのある生き物だといえるだろう。体が小さく、鳴き声や臭い、散歩の負担もないことからペットとしての人気もますます高まっている。  ケージの中で大人しくしている姿から飼いやすいと思われがちだが、実態は異なる。前回の卯年であった2011年には多くのウサギが売買された一方で、イメージと現実のギャップに悩み飼育を放棄してしまう飼い主も少なくなかったという。思い込みや勘違いを取り除き、ウサギの生態を正しく理解しよう。 身体的な特徴  体重は1〜7キロ、体長は25〜50センチと種類によって大きく異なる。  トレードマークの長い耳は音を集め敵の気配を察知するのに役立っているほか、体温調節の役割も果たしている。  視野は広く近眼。光を感じる能力は人間の8倍もあるため薄暗い場所でもよく見えている。天敵からすぐに逃げられるように瞬きはほとんどせず、眠っているときも目を開けている。  鼻はヒクヒクとよく動く。その嗅覚は人の10倍ともいわれ、非常に敏感だ。また、ウサギには声帯がなく、鳴き声のように聞こえるプゥプゥといった音は鼻を鳴らして出している。  毛は体を保護するオーバーコートと保湿・保温の役割を果たすアンダーコートの二重構造になっている。3カ月に1度の換毛期には体力の消耗が激しく、栄養不足になりやすい。また大量の抜け毛を飲み込むことで毛球症という病気のリスクも上がるため、掃除やブラッシングなどのケアが欠かせない。  力強く飛び跳ねる姿とは裏腹に、以外にも骨は非常に薄く脆(もろ)く、体重の約8%しかない。素早く走れるように鳥に近いくらいに軽くなっているので簡単に骨折してしまう。 習性  草食動物であるウサギの主な食事は牧草で、足りない栄養はペレット(固形飼料)で補う。人参が大好物というイメージがあるが意外にもほとんど食べず、オレンジ色をした根の部分よりも葉の方を好む。  夜行性だと思われがちだが、正確には薄明薄暮性という生活パターンで、天敵が少ない早朝と夕方に活発に動く。スプレー行為という尿を撒(ま)き散らすマーキングで縄張りを主張するほか、身を隠せる暗くて狭いところを好むことや、危険を察知すると後ろ足で地面を強く踏み鳴らし仲間に知らせる仕草(スタンピング)など、野生の名残を多く残している。  神奈川県でペットのウサギ2匹が2年足らずで200匹以上に増えてしまい保護されたというケースがあった。それほど妊娠率が高く多産な生き物でもある。  そのほか、病気になってもそれを隠し弱っていることを他者に悟られないようにするなど、被捕食者であるがゆえの身を守る習性と強い警戒心が目立つ。 ウサギと暮らす  知能は人間に換算すると1歳ぐらいだといわれており、ある程度のしつけや簡単な芸を身につけることができる。記憶力も良く、家族の顔や自分の名前を覚え、懐くと甘えん坊な一面を見せるようになる。  臆病で繊細で非常に手がかかるが、それも庇護(ひご)欲を掻(か)き立てる愛すべき魅力のひとつだといえるかもしれない。ペットとしてともに暮らすのならば、生態を正しく理解し、覚悟と愛情を持って迎え入れよう。 (ア) (11字×130行) *No.28 「人気者だよ」写真・岩見輝雄 <えと> 十二支物語 ウサギは神話の時代から 人とウサギの関わり 日本での ウサギの認識  今年の干支は「卯(ウサギ)」だ。古来、日本でウサギといえば、野うさぎのことを指し、月にいるとされるウサギや神話「因幡の白兎(うさぎ)」、「カチカチ山」に登場するウサギなどは、これがもとになっている。  そんなウサギが日本で飼いウサギとして一般的になったのは、16世紀にオランダ人が持ち込んだことが起点とされる。江戸時代には絵画や文献などにも登場し、近代の都市文化に溶け込んでいた様子がうかがえる。特に文明開化の明治初期には、東京や大阪を中心に一大飼育ブームが巻き起こったという。  その後、品種改良により白い体毛・赤い目をもつ日本白色種が登場したが、戦争などで使用する軍事用コートや非常食などに利用された悲しい歴史もある。その一方、小学校や農家などでウサギの飼育が奨励されたこともあり、1940年代には国内で120万羽と、飼育頭数が世界一となった。  このように、近代の日本に姿を見せた飼いウサギは、人の手によって外来種の穴ウサギを改良したものであり、ここから当初は家畜、やがてペットとして広がった。 「月ウサギ」の ルーツ  ウサギは人間にとっても身近な動物であり、仏教の説話にも多く登場する。その一つとしてあるのが玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)が記した「大唐西域記」の中の物語「兎王本生譚(とおうほんじょうたん)」。日本では「今昔物語集」に収められている。  これは、帝釈天(たいしゃくてん)が老夫に姿を変えて、林の中で暮らしていたキツネ・サル・ウサギの仲を試そうとする話だ。この3匹に老夫は食べ物を要求。これに対し、キツネは魚を、サルは果物を老夫に差し出すのだが、ウサギだけは何も用意できなかった。老夫はウサギを叱責(しっせき)する。するとウサギは、キツネとサルに薪(まき)をくべて火をつけさせ、自身を食料として差し出し、火の中に身を投じた。老夫は驚いて助け出そうとしたが、間に合わなかった。  月の中のウサギは、この時の老夫は帝釈天で、ウサギの真心を永遠に残したものだとされている。また、このウサギは、釈尊(しゃくそん)が世に出る前に修行をしていた仮の姿とも伝えられている。 神話「因幡の白兎」 より  「古事記」に収められている神話にもウサギが登場する。それがよく知られている「因幡の白兎」だ。  隠岐島にいたウサギが、対岸の因幡の国へ渡るためにワニザメをだましたことをきっかけに、毛をはぎとられて丸裸にされてしまう。さらに、因幡の国にいる八上比売(やがみひめ)に求婚しに行く途中の八十神(やそがみ)に意地悪されて、さらに症状がひどくなってしまう。その時、遅れてやって来た、神様たちの荷物持ちの大穴牟遅神(おおなむちのかみ)(のちの大国主神)に助けてもらい、むしられた毛も元通りに。感激したウサギは大穴牟遅神に助言をし、そのおかげもあって彼は八上比売と結ばれる。  ここで登場するウサギは神の力を宿しており、その助言によって2人が結ばれたとされている。少し現実離れした内容だが、大穴牟遅神がウサギを助けた優しさが巡り巡って自分に良い結果となって返ってくることや、ウサギがワニザメをだました結果、悪いことが自分に返ってくることを説いている。これは、「情けは人の為ならず」、「因果応報」と言い換えられるのではないだろうか。  私たちにとって身近な「ウサギ」は、歴史をひもとくと仏教説話や神話に登場している。また、現代では可愛いキャラクターになったりアニメーションの登場人物となるなど、さまざまな場面で見かける。昨年、仕事に追われながら「烏兎怱怱(うとそうそう)」と過ぎ去った方も多いだろう。だが、新たな一年が幕を開けた。心機一転、ウサギのように跳ねて、飛躍の年としよう。(K・H) (11字×134行) <えと> ウサギ(卯)のことわざ故事・用語 二兎(と)を追う者は一兎(と)をも得ず  欲を出して同時に二つのことをしようとすると、どちらもうまくいかず失敗することのたとえ。一度に二匹の兎(うさぎ)を捕まえようとしても、結局一匹も捕まえられないことから。      ◇ うさぎ、波を走る  月光が当たると波が白く流れ、うさぎが走っているように見えることから、さざ波が立っている水面に月影が映っているさまをたとえたことわざ。      ◇ 烏兎匆匆(うとそうそう)  月日の経つのが慌ただしく早いこと。太陽には三本足の烏(からす)、月には兎が住んでいるという中国の伝説が転じて、烏兎は歳月の意として用いられる。また匆匆は慌ただしいさまの意。      ◇ 狡兎三窟(こうとさんくつ)  身を守るため避難場所やさまざまな策を常に用意しておくことのたとえ。また、ずる賢い者は抜かりなく困難から逃れる手段を用意しているたとえ。兎は穴を三つ持っていて敵から追われた時、そのどれかに逃げ込んで身を守ることから。      ◇ 兎(うさぎ)を見て犬を呼ぶ  兎を見つけてから猟犬を呼ぶという意味から、事の成り行きを見極めてから対策を講じても遅くない、一見手遅れに見えてもあきらめるなという教え。逆に準備不足のたとえに使うこともある。      ◇ 犬兎(けんと)の争い  無益な争いをしている間に、第三者に利益をとられること。犬が兎を追いかけているうちに両者とも疲れて死んでしまい、農夫が自分の獲物としたという寓話(ぐうわ)から。      ◇ 株を守りて兎を待つ  昔からのやり方や過去の成功体験にこだわり、融通がきかず進歩がないことのたとえ。宋の農民が農作業をしていると、兎が切り株にぶつかって死んだ。労せず兎を手に入れたその経験以来、農作業をせずに毎日切り株を見張っていたという故事から。      ◇ 兎の昼寝  油断をしていては思わぬ失敗をする。うさぎが亀と競走することになり、足の遅い亀に負けるはずがないと油断し昼寝していて負けたという寓話から。 (10字×87行) #25 <パズル> クロスワードパズル<大> <タテのカギ> 1 商業・運輸通信・サービス業など 2 憲法に従い、毎年1月に召集される国会 3 期待通りにならず残念なこと 4 スノー 5 運勢を占う手の筋などの様子 6 ←→ダブル・シングル 7 勝利 8 世の中 9 社会に役立つよう尽力したこと 10 相手の願いを許すこと 11 争って奪い合うこと 12 ←→本鈴 13 漁った魚を入れておくかご 14 ネズの実で香りをつけた強い蒸留酒 15 自分の考えを絶対変えないこと 16 日本映画 17 ←→乾季 18 ←→ノン 19 弓矢を命中させる標的 20 会の進行を受け持つ人 21 案内役 22 人生○○に感ず 23 銀蜻?(環境依存文字のためこのデータ時上では表記不可。虫偏に廷の文字。音読みはテイ) 24 合図のための片目のまばたき 25 ←→味方 26 ○○のつるに茄子はならぬ 27 小学生 28 桃・○○三年、柿八年 29 毬藻 30 国会などで議決する権利を持つ者 31 橋を架けること 32 カウ 33 首すじ 34 内外の空気を互いに通わせること 35 事業などの元手とする金銭 36 飲料・灌漑に使う水を送るための施設 37 物事の中心となる箇所 38 亜鉛でめっきした薄い鉄板 39 手・足の上の方の面 40 ←→音 41 ムーン 42 縦の○○はあなた♪ 43 ○○広大 44 身内の間だけでする祝い事 45 タイム 46 料理用の豚脂肪 47 心 48 日本の伝統的な床材 49 負担に思う気持 50 ○○の起源 51 質量の単位。記号g 52 フォックス 53 サイン、○○○○、タンジェント 54 血族・姻族の総称 55 西洋型の小帆船 56 レコード 57 ←→安全 58 平日 59 鉛筆よりやわらかく描ける素描用具 60 プロポーズ 61 負担などをへらして軽くすること 62 鍔 63 漢字でつづった詩 64 日本の通貨単位 65 仕事などを他に頼み、してもらうこと 66 わずかの資本で営む商売 67 国語・算数・○○・社会 68 宗教儀式をつかさどる者 69 甘酢で漬けたショウガ 70 過去に建築物などのあった場所 71 気だて・気性 72 風光・景色を見物する人 73 ←→陽気 74 河馬 75 箸を使わないで指先でつまんで食べること 76 ←→輸入 77 信号 78 デンタルクリニック 79 一尺の十分の一 80 トゥモロー 81 ナイト 82 恋の思いをよせる相手 83 使ってもなお余る力 84 研究講習会 85 夏の初め <ヨコのカギ> 1 大名が公式に外出する時の行列 2 勤務地に通うこと 15 ←→利 16 道路や線路を越えるための人が歩く橋 25 勤務する場所が変わること 39 チェンジ 44 ○○は広いな、大きいな♪ 46 子羊の肉 47 鳥や昆虫が飛ぶための器官 50 株式の売買などを取り扱う会社 54 結婚して間もないカップル 56 金のかたまり 64 ?(環境依存文字のためこのデータ上では表記不可。音読みはシン) 68 種子から油を搾り取ること 72 短時間の浅い眠り 74 ←→上位 78 平和の象徴 86 烏賊 87 雨 88 マジック 89 輪 90 ←→反対 91 面目○○○○ 92 粘土で焼き物を作る技術 93 大豆をいって、粉にしたもの 94 ◯◯◯栄養士 95 翼 96 現役から退くこと 97 ○○は友を呼ぶ 98 必要な物などをそろえ用意すること 99 じゃがいも 100 長距離カーレース 101 逆境でも自分の信念を守り通す心 102 転ばぬ○○の杖 103 ベアー 104 シューズ 105 逆立ち 106 車 107 筆記用具を入れる容器 108 相撲の土俵上で判定をする人 109 ←→弟 110 素焼きの焼き物 111 九月に興行される大相撲の本場所 112 上杉○○○○ 113 望みをかけた待ち受けること 114 フィッシング 115 ヒストリー 116 ツノ出せ、○○出せ、アタマ出せ♪ 117 雨降りの天候 118 内閣が開く大臣による会議 119 クルミ、アーモンドなどの木の実 120 ○○の上にも三年 121 カギ 122 覆面・仮面 123 テングサの煮汁を型に流して固めた食品 124 ←→タテ書き 125 木材などを立て並べて造った囲い 126 イギリスの旧通貨単位 127 自分の生まれた家 128 魚を漁るため囲って使用する網 129 日が暮れてしばらくの間 130 物事のあり方を探って見極めること 131 サンド 132 旅客や貨物を運ぶこと 133 理髪と美容 134 まれ 135 地中にある炭化水素の混合物である液体 136 嗽 137 ←→濃い口 138 立派な広々とした家 139 精神的、肉体的に痛手となる打撃 140 日本の国鳥 141 ←→陽イオン 142 鉄道や道路などが完成して通ずること 143 人や車などが行き来するための通路 144 野性的 145 月が明るい晩 146 ←→アウト 147 ティーチャー 148 名前を改めること 149 警察で行う鑑定 150 猪・○○・蝶 *■AからJJまでの文字をつなげるとある設問文ができます。その設問に答えてください。 #26 <パズル> クロスワードパズル<小> のんびり過ごすお正月。クロスワードパズルで頭の体操をしてみませんか。 <タテのカギ> 1 大量生産 2 海苔 3 ビスケットの一種、パンを二度焼きした菓子 4 漢字から生まれた日本独自の音節文字 5 利益目的で事業に資金を出すこと 6 先行きが心配なこと 7 乗物に乗らず歩いて行くこと 8 対象に対する特別な関心 9 円く長くて、中がからのもの 10 外観などを新しくよそおうこと 11 代金を帳面につけ、後で支払うこと 12 サッカーの勝敗を当てるかけ 13 単車 14 その言葉の表す内容 15 ホース 16 傾斜している道 17 金銭を持ち歩くための容器 18 元素記号P 19 五七五の十七音から成る短い詩 20 水 21 夢をかきたてるもの 22 アンダーグラウンド 23 はすかい 24 石材を切り出す場所 25 煮た油揚げの中にすしめしを詰めたもの 26 地面より一段高く設けた見物席 27 自分の家に帰ること 28 車輪の外輪 29 物事のはじまり 30 ウエスト 31 バクテリア <ヨコのカギ> 1 市場調査 2 濃くてこまやかなさま 5 寺院にある多層の建物 16 ◯○○、コサイン、タンジェント 19 蛤 26 ◯◯が入った牛肉 32 ゴルフでグロスからハンデを引いた成績 33 禁止などの処置を取りやめ元に戻すこと 34 計画 35 郵便物などを開けること 36 春夏秋冬 37 ロサンゼルス 38 アルミニウムの略 39 神前にそなえる酒 40 建物内部の空調のための配管 41 車 42 相撲をとる人 43 まちがいないと請け合うこと 44 七夕 45 猪・○○・蝶 46 ヨットを係留する施設のある波止場 47 ◯◯野球 48 夜に屋台で売られるラーメンやそば 49 ←→甥 50 ファクター 51 道の両側に一列に植えた木 52 鶏の胃部。砂○○ 53 ←→元金 54 物事を行うため、筋道を立て企てること 55 石を積んで作った小屋 *■AからOまでの文字をつなげた言葉を答えてください。 *▼クロスワードパズル<中>(P23)の解答 *答えー ジブリパークガアイチケンニオープン (ジブリパークが愛知県にオープン) *▼クロスワードパズル<小>(上)の解答 *答えー カミサマホトケサマムラカミサマ (神様 仏様 村神様) *●前ページのクロスワードパズル<大>の解答 *問題文−シジョウハツキテイトウキュウカイスウキテイダセキをタッセイシタダイリーガーハ?(史上初規定投球回数 規定打席を達成した大リーガーは?) *答え−大谷翔平